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脳梗塞後遺症の向き合い方|新たな気づき

*以下は個人的推測で医学的根拠はありません。間違いがあればコメントにてご指摘下さい


脳梗塞の回復期から停滞期、就職を見据えて

 さて落ち着かない ワレンベルグ症候群の後遺症、何とか最小にしたいが、
①小脳梗塞による体フラつき など大きく3つも抱えてしかも一進一退。回復期から停滞期に移る7ヶ月目、症状の改善・回復よりは固定化・停滞化する時期といわれる。定説通りであろうが、少し抗いたい理由がある。
 退院し普通の生活にほぼ戻れた回復期は、体力回復から体力増強を主にし、あれよあれよと進んできた、歩くことすらできなかったが今や軽い運動もできる、いっぽうその急ぎ足のツケか?痛みが強くなる股関節。
 痛みの箇所のケアは今しかないし他の後遺症もどうにかしたい、とこのときに改めて後遺症について気づき(後悔?も)や思いが以下である。
(素人患者の推測の域、勝手な思いで)
 自宅での生活が再開したが後遺症は停滞期。しかも次の課題は 『就職』、自宅を離れ、所定時間の労働をこなしつつ、周囲と同調する脳や体力、余力が必要。なのに後遺症が今のまま?、痛みも強くなった?は まずい。
 停滞期(の定説)に少しでも抗えるか?。

退院後自分が抱える後遺症(千差万別)とその対策の変化

 ここ鹿児島への引っ越しと新しくかかりつけ医を依頼して1ヶ月足らず、ここでの新しい生活のリズムはまだ掴めてないが、普通の生活をほぼ取り戻せていることに感謝。年末に発症してからは7ヶ月、寝たきり生活からよくぞここまでという幸福感(満足)のいっぽう、退院から3ヶ月が経とうとしているが、健康とは言えない満たされない(不満足)複雑な毎日。朝一からのフラつき、食事のたびの痺れなど、生活に溶け込んでしまった後遺症。「治らないものかもしれないし、向き合って生きていかないといけない」というかかりつけ医師の言葉も深くて重い(やさしい響きの中に厳しい現実を突きつける、複雑だ)。
 自分の後遺症は、①小脳梗塞による体フラつき、②顔の左半分の冷え、体の右半身(特に夏場に露出する右腕右脚部)の温痛覚異常や冷え痺れ、③右脚部の失調 の3つの症状が強弱を繰り返し変異しつつ現れる。脳梗塞後遺症は人によって症状も出方も異なり、治す薬や治療法はないらしい(=墓場まで抱えていく→向きあって生きていく という美しい言葉に置き換え)   
 
 対策だがまず①フラつきは、立ち上がり時、体幹で有る程度抑えこめるようになったので良しとしている。それよりも退院後に始めたクルマの運転後(田舎の山道のアップダウンの影響?)に起こる車酔いのほうがやっかい、乗る頻度を上げて運転に慣れる必要がありそう。 体幹は関係なさそうで、体調や道のり、そして運転時の目や頭部の動きは重要なようだ。また夏場になり、②の冷えは食後に顕著に来る、冷房は苦手。しかし敢えて妻が居る冷房や扇風機の風のある居間で少しずつ体を慣らす(いっぽう寝室兼書斎では、弱冷房無風低湿度環境にして過ごす)。
 また③右脚部の失調 であるが、ここに来て股関節痛が深刻化しこれが問題!何とかしないとと思っていた(運動能力重視で来たツケである)。

フラつきにも効果のある運動を止めて、股関節ケア。結果はフラつきが酷くなった?

 元々右股関節、脚の付け根、足先の痺れがあったが、我慢できる範囲であった。これまで優先していたのは安定して歩き、軽い運動もこなせることだったが、痛みがなかなか取れないので 運動を敢えて抑えて、股関節を緩めリセットすることにした。方針変更は以下である。
【1】飛び跳ねないエアロビ(by youtube 毎日30分)を中止
過去はリハビリ病院でも一日数回数時間運動していたこともあり、主に①のフラつき改善(姿勢を変えたとき等)及び基礎体力アップ、あるいは退院後の運動不足解消の効果は、僅か30分だがあった。(しかし、クルマの運転後のフラつきなどには効果がなかった)。
【2】右股関節や脚部を緩めることに【静的な対処】
痛みの元をとるべく、具体的には運動を休み、股関節ストレッチや脚の筋肉をじっくり集中的にマッサージ(筋膜剥離等)もして、八割がた痛みが取れ固さがなくなりリセットされた(しかし立っているときの腰の落ち着きは逆に怪しくなった)。負荷のかかる【動的な】集中運動はやめて、代わりに掃除や料理などの日常のながらの軽作業を増やし(働く嫁は大喜び)、毎晩のマッサージやストレッチを行い様子を見ている。
 この結果、痛みは取れたが立ったときのバランスはやや不安定になって歩きがぎこちなくなった。余計なことをしてしまったか?リハビリ後退か? と後悔も少し。でもリハビリの先生や自分が過去何をしてきたかを思いだしてみた。

股関節の有るべき姿、痛みのない新たな安定を目指す(期待)

 本来柔らかく動いたほうがいい股関節、その痛みを取るためにマッサージ、結果的に硬い股関節をしっかり緩めることになった。逆に、リハビリ当初、失調の右下半身を固め気味にし運動能力や体幹・筋力アップでフラつきを抑え込むアプローチが成されてきたこと、退院前の柔軟リハでは股関節が硬いですねと言われていたのを思い出した。固まってたものが緩んだ、真逆だ。右足腰や股関節は、痛みから解放され自由を得たが、姿勢は不安定に、戸惑いつつも他の下半身筋力と協調して新たな安定を目指していく感じ(に期待する自分がいる)。また股関節痛の再発防止を考える自分、脳梗塞(による右半身失調)と股関節痛の組み合わせは私だけなのだろうか?

冷え痺れは脳の誤信号だけではなかった(血流の悪化)?

 ②の冷え痺れ(脚部)は、脳梗塞の失調の症状で各部の温痛覚異常(脳の誤認識)で冷えと痺れを感じる(錯覚?)と過去言われていた。ただし(自分の場合、ここが重要だが)上記の静的な対処で右足首と右股関節が温かくなり始めたので、脳の誤認識だけでなく恐らく血流自体も悪化してたのだろう。右半身足腰、足首などの関節可動範囲の狭まりや局所の筋肉疲労の蓄積に、さらに長期的にトレーニングなどの負荷(が失調箇所に加重)の為と考える。

リハビリ初期の歩行安定の代償、良し悪し?

 失調に対するリハビリと代償運動について考察する。発症入院時から、ワレンベルグ(小脳の梗塞)の特徴である右腕右脚の失調と当初は左回旋(左下方に体が強烈に引っ張られる)の症状があり、歩けなかったし歩き出せても常に左に逸れていった。特に安定して歩くための代償として、右で踏ん張って歩きバランスを取り、更に拘束帯(失調の右股関節を中心に帯で拘束)を使用することでギクシャクしつつも意外と安定した(予想より早く歩けたねと言われた)。まず歩けるようになることが体の回復にとって重要だと言われていた、実際その後のリハ、回復は順調に進んでいったのであるが、人間というのはいったん染みこんだ動作はなかなか治らない。
 長距離が歩けるようになると小慣れてバランスしスムーズになった、素人目では分からない位だが、理学療法のある先生は、少し右が固い感じで左より腰が微妙に持ち上がっていると指摘。そう、右下半身の失調とその対処で無意識に踏ん張っている微妙な癖を見抜くのである。その先生は、歩くときに右臀部を触診しながら(普通は反射的な筋肉の動き)緊張があるはずだが弱い(小脳梗塞によるもの?)とか、股関節周りの有る筋肉だけが過度に緊張している(小脳梗塞で筋肉群がうまく協調せず緊張と弛緩の動きができてない)と言っていた(が、あまり気に留めていなかった、自分でも分からないのが癖、失調である)。  
 結論、股関節の動きが固められ、足腰全体の可動範囲を狭めることで歩きを安定させていた(代償?していた)と同時に、右脚腰の失調も残った(いびつな動きの癖も残った)ままになって、やがて血流不調から痛みを伴うほどになったのだろう。全体の回復は進んだが良し悪しである。

体力強化よりも脳への刺激?今後の病との向き合い(抗いかた)

 根本的には、この失調が治らない限り、右脚腰部の関節への負荷や筋肉疲労などが生じるので、失調がましにならないかと思う(実際、右腕の失調は意外と回復している)、これまでの体力強化の運動ではなく、脳と連動し体が動くような運動動作(小脳への刺激?でもどうしてイイか分からんけど)が必要と勝手におもったり。
 こういう気づき(あくまで素人の推測の域だが)は病を放置させないし、ダメ元で自己責任ではあるが、病に対して前向きにさせる(抗ってる感)。
 この方針転換【1】【2】であるが、今後変える可能性もある、気まぐれな自己分析(もちろん自己責任)で考えてみて、有るべき姿はどうなんだ?やる価値はあるか?と。そしてすぐ試してみたくなる(無理はせずに、しかし定説に抗ってみたくなる)。
これから就業まで、新たな病との向き合いかたである。


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