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サービス化するつながり 5. つながることはコストである

前回の記事では、つながりのサービス化をもたらす構造を紹介した。この記事では、つながりのサービス化の要因の一つである「つながりの知覚機会費用の上昇」を説明する。

つながりの知覚機会費用

機会費用は、人がある選択をしたときに、その選択肢以外を選んでいた場合に得られていたであろう効用のうち最も大きいもののことである*1。経済学における厳密な意味の機会費用と区別したいため、ここではあえて”知覚”機会費用とオリジナルの表現を用いる。

当人が機会費用を感覚として感じていることを明確に示すため、客観的事実としての機会費用は意味しない。加えて、機会費用は失われた効用の最も大きいものを指すのに対し、知覚機会費用では失われた効用の総和を表現するものと定義したい。

この語義に基づくと、つながりの知覚機会費用とは、他者と人間関係を構築することによって失われる様々な嬉しさや満足を意味する

知覚機会費用の上昇がもたらすこと

つながりの知覚機会費用が上昇することにより、ある特定の人とつながること自体が不安な感覚を生む。人間は、何かを得ることよりも損失を回避することを重視する「損失回避性」を持つと言われている*2。人は、言語化できずとも、つながることによる損失の可能性を恐れ、回避したい衝動に駆られる

「この人」とつながることで「あの人」とつながれなくなる、またはつながる時間が減るのではないか。「この人」と過ごすために本来やりたかったことができなくなるのではないか。現代社会においては、人との関係性を持つこと、人と過ごすことという人間社会の基本的な活動でさえも、常にトレードオフが生じているという感覚から逃げられない

つながる相手方もまた、同様の感覚を持っているかもしれないという疑念も拭えない。自分の感覚を他者に投影することで、結果的に社会全体の「つながり」に対する態度が変容し、つながりの在り方が変わる。

この変容は、そのほとんどが無意識の中で行われている。あるいは、意識できたとしても、この現実から目を背けているのかもしれない。アダム・スミスの見えざる手、あるいはヒュームのコンヴェンションのような、人間本性がもたらす利益の感覚や暗黙的なメカニズムが、損得勘定に人間関係が入り込むことを容認し、つながりが「サービス」として機能することを正当化したのである

知覚機会費用を上昇させる要因

では、なぜつながりの知覚機会費用は上昇しているのか。その要因は、つながりの選択可能性の増加と、つながり以外も含めた効用獲得手段の増加である

前者の要因は言うまでもなく、インターネットの普及とそれに伴うSNSなどの新たなつながりを生み出すアプリやサービスの普及である。X(Twitter)やFacebook, Instagramなど、つながりを生み出すサービスから、恋人だけでなく友達を探すためのマッチングアプリやサービスまで、つながろうとする人もサービスも今や選び放題である。

効用獲得手段の増加もまた自明であり、インターネット上の消費しきれないほどの魅力的なコンテンツや、オンライン・リアルを問わないエンターテインメントの多様化とその情報取得の容易さが要因である。もはや、人と直接つながらなくとも、可処分時間を充実させる手段は消費しきれないほどに存在している。

ある人とつながることは、つながることで得られる効用以外の無数の効用獲得手段の放棄であり、これがトレードオフの感覚を生む。失うかもしれないのは、一つの競争相手だけではない。脳内で想像しうるすべての喜びを捨てなければならないのだ。

知覚機会費用の上昇は、もはや誰もが打算的態度を取らざるを得ない水準に達し、そのために人は、人間らしさの象徴であるつながりさえも「コスパ」や「タイパ」の対象とみなすようになった

最後に

つながりの選択可能性の増加、およびつながり以外も含めた効用獲得手段の増加によって、知覚機会費用は上昇し、我々はつながりをサービスとして"使う"ことを容認することとなった。

”見えざる手”によって、我々はある意味、自ら望んで、つながりを効用獲得のためのサービスとして位置づけ、自らもまたサービスの対象と自覚し、その虚しさを取り払うために、「人間関係ってそんなものだよ」と合理化し、自ら空虚な関係性を当たり前のものとして受け入れている

とはいえ、社会構造上、こうした結果をもたらすことはやむを得ないことであり、すべてのつながりを人間的に扱うこと/扱われることなど誰も求めていないだろう。

我々にできることは、人間的に扱うべきと思うつながりを、意識的に損得勘定の外に引き戻すことでしかない。これを実現させるのは個々人の中の道徳であり、これが最後の砦である。

*1 『ミクロ経済学の力』あとで書く
*2 『ファスト&スロー 上』あとで書く


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