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最終選考レビュー①『どうかこの声が、あなたに届きますように』

「どうかこの声が、あなたに届きますように」
著・浅葉なつ(文春文庫)


読み終わって、これ以上ないくらい温かい気持ちに包まれる。

と同時に、叫びたかった言葉は
「イメージと違う!!」

事前の印象と、読後感が全く違うのである。

「心身に深い傷を負った主人公がラジオを通して成長する物語」
……という前情報から、切迫感のある小説イメージでいたのだが、実際は全然違った。

切実な色は控えめで、想像以上に優しい小説だった。そして彼女一人だけの物語ではなかった。ラジオ電波の先にいるリスナーたち。彼らも各物語の「主人公」として小説が展開されていくのだ。

結婚が破談となり、心機一転、新しい職場で働く不動産事務員の女性。
仲睦まじいながらも、少し苦い過去を持つ若い夫婦。
大人と子供の間という多感な時期に、頼りなげにする男子高校生3人。

パーソナリティであるメインの主人公・小松夏海が、マイクの前で成長していく一方、その遠く離れた場所で彼女の声を楽しみにする人々の奮闘も、気持ちよく描かれている。

つまりこの小説は、ラジオ番組を基点に、時代を経ていく「縦のつながり」と、放送側と受け手という「横のつながり」の立体的な構造となっている。

そういう意味では、「ラジオと小松夏海を中心とした群像劇」の方が正しいのかもしれない。

そして、この各キャラクターたちの現実に立脚した姿が、素晴らしいのだ。作者の体験なのか、それとも調査の力なのかはわからないけれど、ふとした場面で出てくる、それぞれの生活表現に血肉が通っている。

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ラジオの話は当然のことながら、不動産賃貸業務の小さなネタや、営業独特のあるある話など、接したことのある人間からすると「そうそう!」と嬉しくなってしまうようなリアリティがある。こうしたディティールの積み重ねでできた人間像は、二次選考でCさんが書いたように「強く共感してしまう魅力的なキャラクターたち」になっていく。

この素晴らしいキャラクターたちの想いに胸を熱くしすぎるあまり、これはもはや「青春群像劇」なんじゃないか、とさえ思ってしまう。

個人的にはオネエ・パーソナリティのノッコさんと、豪放磊落な伝説のパーソナリティ・関口さんも、単体でストーリー書いて! とお願いしたいくらいである。

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そうした愛すべきキャラクターの中心にいるのが、主人公・小松夏海だ。

親から愛されなかった過去を持つ彼女は、多くの人から愛されようと地下アイドルとして努力を重ねていく。だが、とある事件が起きて突如の引退。
外の世界が怖くなり、マスクを手放せなくなってしまう。

そんな失意の中で誘われた「声だけを届ける」ラジオの世界。
彼女は勇気を持って飛び込み、新しい自分として働くことで、もう一度、世の中と繋がっていく……

もうこれだけで一冊書けそうなストーリーだが、これはラジオの話なので、彼女が外に飛び出すのは、あくまで序盤の話
どれだけ濃密なのか察して欲しい。

そこから始まる成長物語と彼女の懸命な姿に、読者はどんどん惹き込まれていく。応援したくなっていく。
というか、私はなった。笑

当然、日々を必死に生きるのは彼女だけではない。

それを取り囲むラジオ番組の製作に携わるスタッフたちはもちろん、リスナーひとりひとりにも日々の戦いがあり、それが優しく展開されていく。

もうキャラクターたちに感情移入せざるをえなくなってしまうのだ。

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新しい娯楽が次々と生まれてくる時代のなか、押しつぶされていく「ラジオ」という斜陽業界だからこそ、利得だけで動かない熱意を胸に働くスタッフや、それを糧にしていくリスナーたちの姿は、人生に対する前向きな力を与えてくれる。

これが、お綺麗なだけの浅い「人情物語」で終わらないのは、上述した細かい設定から現実が匂ってくるほどのキャラクター像と、小松夏海の持つ「人柄」。そしてラジオという舞台設定の妙の気がする。

特に感動したのは、
物語が「広がる」だけでなく、「収束していく」こと。

一方的に声を届けるだけだと思われていたラジオが、手紙やSNS、展開されるリスナーの人生を通して、逆に小松夏海に影響し、彼女を支えるのだ。

ラジオが、そんな双方向の媒体として描かれることで、魅力的なキャラクターが個々の独立した物語に閉じ込められず、優しいつながりで絡み合っていく展開が、本当に心地よい。


ちょっと恥知らずなことを呟くと、事前のイメージと感想に齟齬があったのは、表紙にも責任があるように思う。

「心に深い傷を持った、働く女の子の成長物語」という紹介。
切実な内容を連想させられる「マスク姿の女の子」。

このセットから、追い詰められた女性が必死に戦う姿を自分は想像してしまった。正直、本を手にとった当初は、これほど優しい空気に包まれた読後感が待っているとは思いもしなかった。

熱意あるスタッフが支え、「この声が届きますように」という純粋な願いのもと放送される小松夏海のラジオと、それを得て必死に生きるリスナーからの「届いているよ!」という愛のある連鎖反応は、胸に迫るものがある。

自分が浅慮なだけかもしれないが、もし自分と同じようなイメージで、この本を見ている人がいたら、本当に勿体ない!

拙いレビューではあるけれども、ご興味を持っていただけたら、ぜひ一読して欲しいと思っています。

どうかこの声が、あなたに届きますように。


読者による文学賞の「どうかこの声が、あなたに届きますように」


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