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最終選考レビュー⑧『うつせみ屋奇譚』

『うつせみ屋奇譚 妖しのお宿と消えた浮世絵 』
著・遠藤由美子(角川文庫)

この作品は、今回の文学賞の中でも、少し異色の作品だった。
というのも、かなり多くの方からの支持を得て最終選考作品にノミネートされていたからだ。

一次選考においては、2番目に多い推薦数となり、二次選考でも投票推薦作品として多くの投票を受け、最終選考にノミネートされた。投票数の影響をできる限り排除した選考設計にしたとはいえ、これだけ多くの方の期待を背負っている作品となると襟を正さずにはいられない。

さあ、どんな作品なんだろう、と身構えて初めて手にとったのだが、驚いた。他の作品と比べると、かなりページ数が少ない。確認してみると182ページほど。他の作品のほとんどが300ページ近い作品になっているのを考えると、その点でも異色だった。

だが、読んでみて爽やかな読後感にひたるのと同時に納得した。

この流麗なひと夏の物語に、余計なストーリーや説明を足したりすれば、逆に野暮ったくなる。綺麗に完結された優しく、心地よい少女の成長物語だった。

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物語の主人公・鈴は、少し怖がりな小学6年生の少女。
小学生最後の夏だったが、急遽、親の都合で今は亡き祖父の家に引っ越しをすることに。

親しい友人との別れや、過去にあった出来事から、この引越しについて歓迎していなかった鈴だが、子供である彼女は従うしかなく、主のいなくなった祖父の部屋が、彼女の部屋になった。

新しく始まる学校生活を前に、気が沈んだまま眠りにつく鈴。
しかしその夜、浮世絵師だった祖父が部屋に現れ「浮世絵から出ていってしまった<あの子>を探してくれ」と頼むのだ。

夢か幻かもわからぬまま、新学期の朝を迎えた鈴だが、彼女は過去に祖父から聞いた不思議な話を思い出す。
それは幽霊や妖怪などが泊まる宿「うつせみ屋」の話だった。

というのがあらすじ。

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小学生である鈴の目線で物語が進んでいくため、全体を通して平易な文章で語られ、浮世絵についての説明もわかりやすく嫌味がない。登場してくる不思議なキャラクターや人間たちも、子供や現実の生き物でないからか、俗っぽさがなく軽やかだ。

「ライトミステリー」と謳っているように、作品の中で提供される謎も、推理を強要するようなものでなく、浮世絵の知識などを絡めて点と点でつないでいくような優しいものだ。あくまで「物語」が主で「謎」が従に控えることで、鈴本人に感情移入したままで最初から最後まで駆け抜けていける。

だからだろうか、一般の娯楽小説というより少し児童文学に近しい雰囲気を感じた。

大人が感じるようなホラーというよりも、子供の頃に感じた好奇心と怖さがないまぜになったような不思議な感覚を追体験することができるのだ。正直、デジャビュのようなこの感覚が、個人的には一番の魅力となった。

自分は書き手ではないので分からないが、こうした空気感は「出そう」と思っても、そう意図的に演出できるものでない気がする。実際、推薦文でも「雰囲気」や「空気感」、「風景」といった部分に言及するコメントが多々あった。

「疲れた人に読んでもらいたい」という推薦理由もよく分かる。優しさに包まれていた子供時代に戻らせてくれる小説なのだ。

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「日本児童文学の父」と呼ばれた小川未明氏の言葉が思い出される。

彼は児童文学において「民俗学」というものを、とても大切に扱っていた。
そのことは『新童話論』の中でも語っている。

科学礼賛の時代に生まれた子供たちは「月にうさぎがいる」といった非現実的な話では心を惹きつけられない。しかし、理論で囲われた一つの解釈しか許さない「強圧的な教訓」の物語は危うさを持つことを戦争が教えてくれている。

だからこそ、しっかりと現実に立脚した下地を持ちながらも、子どもたちに想像・解釈の余地を残す「不思議な郷土的物語」である民俗学というものを大事にしなければいけない、という旨のことを書き記している。

そう考えると、「うつせみ屋」が「子供にしか見えない」というのも、どこか意味深に聞こえてしまう。

実際、強圧的な教訓、というものは、この『うつせみ屋奇譚』には見当たらない。もちろん、鈴の行動を促すような『行動することの意義』は説いているものの、物語の根幹ではないように思う。

鈴という感受性豊かな少女が、どう変わったでなく変化したこと自体を重要視している節がある。

そうした意味では、「『民俗学』ライトミステリー」と謳う『うつせみ屋奇譚』は、感じた雰囲気だけの話ではなく、正しく児童文学だったのではないだろうか。

「児童文学」という言葉に反感を覚える人がいるかもしれないが、それでも国内で最も売れた小説は児童文学であるハリー・ポッターなのだ。
※「窓際のトットちゃん」は小説というより自伝である

売上が全てでないことは深く理解している。それでも「多くの人の支持を受けるもの」が影響力を発揮していくのは事実だ。

その点、多くの推薦を受けていることからも、この作品は今後成長していく片鱗を見せてくれる。

子供も、そして「かつて子どもだった大人」にも読んでもらいたい、本当に優しい物語だった。

読者による文学賞の「うつせみ屋奇譚」
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