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40代半ば、母は免許を返納し私は運転を学ぶ

2023年6月18日(日)🌚29.5 🌞4:25-18:59
24:芒種  72:梅子黄(うめのみきばむ)

夏至の頃の梅雨の晴れ間ほど有難いものはない。長い太陽の恵み。

先日、カーシェアを利用して、人生で初めてひとりで車を運転した。
30分くらい同じところをぐるぐるまわっただけではあるが。
おそらく怪しい動きをたくさんしたのだろうが、初心者マークをつけて低姿勢(?)でいけば、それなりにまわりがなんとかしてくれるとわかった。たぶん。

私はおそらく軽い左右盲だ(極端な文系の人にたまにあることらしい)。その他、運転にあたって尋常ではなく不得手なことが複数ある。

そんな私よりさらに運転の才がなさそうな母が、かつて初めて一人で運転をしたのは、末期がんの母親(私の祖母)の見舞いに病院へ行くためだったそうだ。周囲は母が運転を始めたことにたいそう驚いたらしい。

その母が緑内障の進行により来月免許を返納する。だから私も、人の何倍時間とお金がかかっても、克服しなければならない。
そんな節目がきていると感じる。

アプリ『駐車の達人』のおかげか、駐車はそれほど苦手ではないかもしれんと
気づく

とはいえ、私が脱ペーパードライバーを目指したのは、母の視力とは特に関係はない。
もちろん、実家に帰るたび、これ以上老いた両親にあちこち送り迎えなどしてもらっている場合ではないと思っていたが、とにかく車を運転したかったのは、私なりの「自由への疾走」にほかならない。
2020年、コロナ禍がスタートした夏、元より公共交通機関が不自由で、その他、ここには書けないひどい閉塞感に苦しんでいた私は、一縷の望みをかけてペーパードライバー教習を受けた。

受けた教習は8回。その後、夫の同乗のもと、旅先などでなんとか運転してみたが、結果、私はクルマ恐怖症になりかけていた。そして、自由への疾走に失敗した私は、圧倒的な絶望感と無力感に苛まれていた。ただクルマの運転が下手、という話ではなく、ほんとうに、残された一縷の望み、自由への道すじだったのだから。

公共交通機関で怖い思いをするたびに、「私に乗れる乗り物はもうないのだ」という絶望感に襲われる。下手にクルマに手を出してしまったがゆえの絶望。

だが、一方で私はなんとなく自分の敗因がわかっていた。
それは、人に指導されながら乗るということに気をとられてしまって、どう運転すべきか自分の頭で考えられず、インストラクターや夫の反応ばかりを気にして運転していたということだ。

なるべく余計なことを考えずに自分の頭で判断しながら運転するため、私は「知っている道を、何度も予習したうえで、乗る」という方法に絞り込んだ。
帰省した際、金沢の実家から近くのイオンまでのわずか10分ほどの道を走る。事前にさんざん道をgoogle mapを確認する。
「知っている道だし、事前にたくさん調べたので、基本何もいわなくていい」といって、夫に同乗してもらい運転したところ、

生まれてはじめて、「自分で運転している」という実感が持てた。

これで目標が明確になった。
とにかく、「同乗者なしで、一人で練習できるようになること」。
それができるようになるために、私は先日ダメ押しで、ペーパードライバー教習の1日特訓コースを受けた。

今回、はじめて一人で運転したのは、その1日コースで何度かぐるぐる回った、片側一車線中心の道だ。
再度google mapで徹底的に確認するのはもちろんのこと、地図を書き写し、交差点名を書いて覚え、道順をなぞり、右折左折の注意点をメモし、頭に叩き込んだ。トータルたった10分ほどのコースを。
しかも私は、当日、カーシェアを借りる前に、シェアバイク、つまり自転車で、そのコースをぐるりとまわったのだ。自分でもやりすぎだと思った。

運転前に確認すべきことも事前にスマホのメモにすべて書き出し、それらを車中ですべて確認し、そして最初にアクセルを踏んだ時に思い出したのは、やはり母のことだった。
今の私には当時の母のような崇高な目的はないのだが。

今わかるのは、私が長らく自分自身に貼っていた「私は普通の人が普通にできることが何ひとつできない。特に運転に関しては発達障害とのボーダーライン」というレッテル通りの事実は、特に認められないということだ。

免許取得から15年、一度もハンドルを握ることなくペーパードライバー教習を受けたのだから、もう一度免許を取り直すくらいの時間とお金がかかって当然で、別におかしなことではないと今は思う。絶望感により認知の歪みが発生し、その歪みがさらに絶望を増幅させていたのだ。

私は今後もおそらくまた何回か諦めかけるだろうと思う。
でも、今度は本当に諦めない。諦めないという言葉があまり好きではないが、運転に関しては私は諦めない。
「これは私に運転するなということか」などという神の采配も気にしない。月に一度しかプレイしないゲームは上達しない。なるべく、週に一度か10日に一度。

※私はパニック持ちですが、運転とクルマに関してはそちらの恐怖や症状は持っていません。


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