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【超ショートショート】私の竹取物語

 夕方、祖父が裏山に筍を取りに行くというので、私と弟も小さなシャベルを持ってついて行った。私たちが土からのぞく筍を探して、ある程度まで掘り進めると、祖父が大きなスコップを突き刺してガサっと取り出す。その時の音で、途中で折れてしまったか根元から丸ごと取り出せたかがわかった。
「あー、失敗」
「今度は成功」
 わいわい言いながら私たちは筍を次々とかごに入れていった。

 そろそろ引き上げようかという頃、弟は竹藪の中でキョロキョロし始めた。
「どうしたの?」と私が尋ねると、
「うーん、光る竹がないねぇ」と答えた。
「あんた、かぐや姫を探しているの?」
「うん」
 弟はいつ「かぐや姫」の話を知ったのだろう。少なくとも祖父の家には「かぐや姫」の絵本はない。幼稚園で読んだのかもしれない。幼い発想に私と祖父は顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、かぐや姫に会ったらどうするの?」私はからかうように聞いてみた。
「オレがぶった切ってやる!」
どうやらかぐや姫を戦闘モノの敵かなにかと勘違いしているらしい。
「かぐや姫は怪獣じゃなくて月の世界のお姫さまだよ。ぶった切ったらだめだよ」
「だったらぁ、かぐや姫を竹に閉じ込めた奴らをやっつけてやる!」
やはり彼は何かと戦いたいらしい。
「昼間は竹が光っていても周りが明るいからわからないかもよ。夜探しに来てみたら?」
「うん、そうする!」
 怖がりの弟は絶対夜に裏山に入らないことはわかっていたけれど、いま探しても見つからなさそうということは理解したようだった。
「ねえちゃんはさ、かぐや姫に会ったらどうする?」
「もちろん逃がしてあげるよ」
「虫じゃないんだからさぁ」けらけら笑いながら弟が言った。
「確かに『逃がしてあげる』、じゃおかしいか。それなら、月に帰れるようにしてあげるよ」

 かぐや姫も私たちもいつかは帰れるだろう。ただ、今じゃない。それだけのこと。

 よかった、弟は「帰れる」という言葉から自分の境遇を連想しなかったようだ。私のさみしさに気づいた祖父がそっと私の頭をなでてくれた。

 山を下りると、祖父は外の洗い場で筍の皮をはいでたわしでゴシゴシ洗い、それに梅干を包んでそれぞれに渡してくれた。筍を掘ってきた日のいつものお楽しみだった。縁側にふたり並んで座り、「すっぱい」と大騒ぎしながら皮ごしに梅干を吸って味わった。祖父から筍を受け取った祖母が、台所であく抜きの準備をしている音が聞こえた。

「ねぇ、夜になったらかぐや姫探しに行くでしょ?」
 かぐや姫探しをまだあきらめてなかったのか。
「やだ。そんなに見つけたいならひとりで行きなよ」
「ひとりじゃイヤだよ、一緒に行こうよぉ」弟は駄々をこね始めた。
「ねぇ、なんでそんなにかぐや姫に会いたいの?」私は聞いてみた。
「かぐや姫っていうか……オレ、光る竹がみたいの」
 ああ、それは私も見てみたい。暗闇にぼぉっと光る竹。きれいだろうな。
「じゃあさ、夜お風呂場の窓から山を見てみて、何か光っていたら行ってみようか? それでいい?」
「うん、いいよ、そうしよう」ようやく弟も納得したようだった。

 そばで作業をしていた祖父がまた裏山へふらっと上って行くと、しばらくして青々しい若竹を手に戻ってきた。それを20-30㎝の長さに切り、さらに片側を斜めに切り落とすと竹の中にロウソクを入れて火を灯した。
「うわー、すごい」
「きれいだねー」
 全部で4つ、竹の灯籠ができた。暮れかけた庭に並べると、見慣れた場所が途端に幻想的な空間になった。そろそろご飯よ、と呼びに来た祖母も灯籠を見て歓声をあげた。

 いつの間にか空には月が浮かんでいた。
 かぐや姫は今どこにいるのだろう。もう月に帰れただろうか。もしまだ私たちと同じように帰れてなくても、どこかで美味しいものを食べて楽しく過ごしていてくれたらいいなと、ちょうど半分の、きれいな半月を見上げながらそう思った。

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