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【エッセイ】『深夜特急』に思う

 最近、ラジオ「朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード」が楽しみで仕方がない。寝支度をしながらラジオをつけ、行ったことのない香港・マカオ・タイを想像する。時に斎藤工さんの声を聴きながら寝落ちする。なんという至福の時間!

 学生時代、沢木耕太郎さんの『深夜特急』をバイブル的に愛読している男子は珍しくなかった。これを読んで実際バックパックの旅行に出かけ、いかに大変な旅だったかを楽しそうに報告してくれる友人もたくさんいた。

 貧乏旅行は若者の特権だった。ご多分にもれず私もバックパックの旅行をしたことがある。大学の卒業旅行は女友達とふたり、ひと月かけ南ヨーロッパを巡った。予約したのは往復の航空券のみ、トーマスクックの時刻表を片手にユーレイルパスを駆使して街から街へ旅をした。宿を決める時は、しゃべるのが得意な友人が空き部屋の有無をたずね、リスニングが得意な私が返答を聞きとり「シャワー付きでいくらって言ってるけどどうする?」と相談し、友人がまた「部屋を見せてください」と交渉する、というようにふたりで一人前というか、力を合わせて旅を遂行している感覚があった。

 楽しいこと大変なこと、どちらもあったけれど、幸いなことに私たちの両親が心配したような命や犯罪に関わるような危険な目に遭うことはなかった。ただし、いやな目には、遭った。

 フランスからスペインに向かう夜行列車の中で、私たちは露出狂にロックオンされてしまった。気がついたらその男は我々のコンパートメント前の通路から下半身丸出しで私たちを見つめていた。中に入ってこられないようすぐに扉のカギをかけカーテンを引いた。しかしこの後どうしたらいいかわからず、息をひそめてじっとしていると、しばらくして扉がノックされた。あいつか? カーテンを開けて確かめる勇気はないし返事をしていいものかどうか迷っていると、日本語で「すみません」と男の人の声がした。同じくバックパッカーの旅人がホームから列車内にいる私たちをみかけて、日本人っぽいから声をかけてみようと同じ車両に乗り込んだところで異変に気付き、助けてくれたのだった。その露出狂はあわてて逃げたらしい。

「身なりから言って(私たちが乗っている)一等の客じゃないだろう。もう下りたか、別の車両に移ったと思う」と彼は言ってくれたけれど、不安と恐怖はぬぐえず、頼み込んで彼には目的地まで同じコンパートメントの中にいてもらった。トイレにもついてきてもらったと思う。怖がる私たちを励まし、彼は努めて明るくおしゃべりに付き合ってくれた。本当にありがたかった。

 以前、上間陽子さんが『海をあげる』で「Yahoo!ニュース 本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞」を受賞した際のスピーチでこんな話をされていた。沖縄の基地の街で育った上間さんはお母さまから、夜外出する時は複数の鍵束を鍵先が指の間から出るように握りしめ、襲われたらこれ振り回して暴れるように言われていたと、東京に来てから夜に鍵を握りしめて歩かなくてもいいんだと知った、と。女であるというだけで危険な目に遭う可能性が高いところだからこその教えだった、というような内容だった。

 そこまで特殊な環境でなくても、普通にしていたって、男性より女性の方が性的な危害を加えられる可能性は圧倒的に高い。
『深夜特急』のような旅に憧れる。やってはいけないわけでも、できないわけでもない。ただ女の身では、男性がまず考慮に入れる必要のない「危険」も覚悟して旅に出ることになる。

 だから私はこの本に手が出せなかったんだ。旅が好きだった。沢木さんの本に興味がなかったわけじゃない。でも読む気にならなかった。こんな旅は私にはできない、というあきらめと羨望と、絶望もあったのかもしれない。
 ひとりでは行動しない、危ない所へは行かない、安すぎる宿には泊まらない……危険をひとつずつ取り除くことで私は旅をすることができた。ただ沢木さんの様に、無謀にも見えるやり方で街や人へ飛び込んで行くことは、さすがにできなかった。

 男に生まれたかったとは思わない。女であることの危険がなくなったとも思わない。だけど時が経ちラジオの朗読を聴きながら、単純にその内容が楽しくて、今やっと『深夜特急』を読んでみたいと思えるようになった。正直なことを言えば、今でもひとり気ままに旅をする人に嫉妬してしまう気持ちは隠せない。でも、私にはできないこと、というわけではないのだ。そう、番組のキャッチコピーの様に。

 旅に出よう。
 気を付けて、
 だけど恐れずに。

 それから……
 鍵束を握りしめたこぶしを、胸の内に秘めたままで。

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