見出し画像

【ショートショート】詩人の彼

 ラブレターをもらった。今時ずいぶんレトロな告白方法だ。でもそれだけじゃない。詩のラブレターだった。詩だよ、詩。ポエムの詩。驚愕を通り越して唖然としてしまった。どうしたらいいんだ、アタシ……。
 白い封筒の中には便せんが二枚、一枚目がそのポエムだった。詳細は忘れた、というよりこっぱずかしくて覚えられなかった。だからここにも書かない、いや、書けない。
 
 彼は身長190㎝近くもあり、シュッとしたルックスでかっこいいのに、どこか自信なさげなところが母性本能をくすぐるのか、よくモテた。告白されて何人か付き合ったこともあるけれど、どの子にも真剣になれなかったと、そういえばこの前会った時に言ってたっけ。あれはこれの前振りだったのか。二枚目の便せんに、自分から告白するのはこれが初めてだと書かれていた。とにかく私と一緒にいるのが楽しい、こんな気持ち初めて、何もかもが好きだ、付き合ってほしい。私は手紙を読みながら部屋で思わず「ギャー」と奇声をあげてしまった。うれしさからではなくこそばゆさMAXでおかしくなりそうだったから。ああ、この気持ちの高ぶりが彼をポエム創作に駆り立てたんだな……。ギャー!!
 私だって別に彼のことは嫌いじゃないけど、恋愛感情を抱くほどではなかった。でもこの人といたら楽しそうだなとは確かに思う。だから正直にそう伝えて、それでもよければと返事をし、晴れて私たちは恋人同士になった。

 自分で言うのもなんだけど、私に惚れているだけあって彼はとても優しく丁寧に私を扱ってくれた。デートは現地集合・現地解散が当たり前だと思っていたけれど、彼は毎回送り迎えをしてくれた。私こそこんなの初めて。私を送ったら帰るの遅くなっちゃうよ、と遠慮しても「いいのいいの、ひとりで帰すのは僕が心配だから」と譲らなかった。

 彼の友達にも私のことをよく話していたようだった。ある日「友達に、“おまえの彼女、芸能人でいったら誰に似てるの?”って聞かれたから**に似てるって答えた」と言われ、私は思わずお好み焼き屋でビールを吹いた。**は超美形の女優さんで、私に似たところなどかけらもなかった。恋は盲目ってこういうことなのか。本当に、自分で言うのもなんだけど。
 会社の同期の飲み会でこの話をしたら全員爆笑だった。
「そうか、おまえに惚れるとおまえのことが**みたいに見えるのかぁ。オレにはわからん!」
「とか言って、私のことが**みたいに見えてきたら私に惚れたって証拠だよ~」
「ああ、見えてきた見えてきた。やべぇ、おまえのこと好きになったのかも、ワハハハハハ」
 それからしばらくの間、同期の仲間内で私のあだ名は**になった。みんなふざけて、おい**とか、ねえ**ちゃん、なんて声をかけるもんだから事情を知らない他の社員たちに「なんで**って呼ばれてるの?」としょっちゅう聞かれて恥ずかしかった。 

 彼がひどく神妙に「謝らないといけないことがある」と言ってきたことがあった。その態度にさすがに驚いて「どうしたの?」と問いただすと、手帳を無くしたんだと答えた。ん? それがどうした? 
 実は手帳の一番最初のページに私の個人情報をデカデカと書き込んでいたのだとか。住所、電話番号、メアド、誕生日。それだけではなく、月ごとのカレンダーページにはご丁寧に私のスケジュールまで記してあったとのこと。
「警察には届けた。万一家の近くで不審者を見たとか変な電話がかかってきたとかあったらすぐに教えてね。本当にゴメン」と、大男とは思えないほど小さくなって落ち込んでいた。手帳を無くしたことは仕方がない、でも今後は手帳に私のこと書かないでねと、一応クギを刺しておいた。

 そう、彼は忘れ物、落とし物が多くて、手帳だけではなく本当に色々なものをなくした。自分の不注意を恥じて毎回落ち込んでいたけれど、最も精神的ダメージが大きかったのは私にプレゼントする予定の指輪をなくした時だった。あ、ダメージを受けたのは私ではなく彼の方。
 ずいぶん前、映画館でこんなCMが流れていた。
 海岸でデート中のカップルの男の子が突然砂浜で何かを探し始め、女の子の方は彼がまた車のカギをなくしたんだと思ってあきれている。ふと足元を見るとダイヤの指輪が。彼女が拾った指輪を彼が奪い取ろうとするが、彼女は「私が拾ったんだから」と渡さない。サッと左の薬指にはめ「ほら、ぴったり」と彼女。「当たり前だろ」と彼。
 要するにプロポーズしようとして指輪を用意していたのに浜辺で落としてしまい、渡したい本人に拾われた、という内容の宝石屋のコマーシャルだった。
 どうやら彼はこれをやりたかったらしい。デートで海に行き浜辺に座って、彼の場合は私の足元にわざと指輪を落とした。そして本当になくなってしまったのだった。アホが過ぎる。
 この時はダイヤほど高価な指輪ではなかったけれど、誕生日プレゼントとしてそれなりのものを買ってくれていたみたいだった。私ももらえなくて残念だったけれど、あまりの落ち込み様にその後のデートは彼をなぐさめるだけで精いっぱいだった。
 しかし彼はどうしてもこれをやりたいらしく「プロポーズの時は失敗しない。今度はスキー場でやりたい」と言い出した。雪の中でもなくしたらどうするんだよ。
 というか私と結婚するつもりなのか……。
 
 詩人の彼はロマンチストだ。
 ロマンか……ごめん、私にはないよ。だからせめてプロポーズの時はギャーと奇声を上げないように気をつけるけど、きっと笑ってしまうな。
 
 うれしくて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?