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格闘技経験が身を護る:警察官の研究から

格闘技を学ぶ理由のひとつに護身があります。特にブラジリアン柔術の源流(のひとつ)であるグレイシー・ファミリーは、それを強く主張します。例えば、ヘナー・グレイシーは柔術における護身の重要性をYouTube等でも積極的に発信しています。

格闘技経験と護身

Rendenたちは、オランダの現役警察官を対象として、格闘技経験が暴力などの危険への対処に与える効果を検討しました(Renden et al., 2015)。警察官は、職業上、銃撃や身体攻撃など暴力が伴う危険な状況に対処しなくてはなりません。危険な状況では不安になります。警察官でも同じです。これまでの警察官を対象とした研究から、不安が高まると射撃や逮捕術の精度が低くなることがわかっています。例えば、模造のゴムナイフでの訓練と、スタンガンのような電撃付き警棒での訓練では、後者でパフォーマンスが悪化します(Renden et al., 2014)。

不安を低めるには訓練が有効です。オランダでも訓練をしているそうですが、護身術や逮捕術の訓練時間は少なく、年に4日くらいしか職務での訓練時間を取れないのだそうです。

そこで、Rendenたちは、職務での訓練以外にも、日常的に格闘技を学んでいる人と、そうでない人を比較しました。そして、格闘技の経験によって不安が低まり、危険な状況に適切に対処できるかを検討することにしました。

危険な状況

この研究では、殴る、蹴るなどの暴力行為への対処が評定されました。専門家が1-5点で評定し、うまく対処ができたら5点、3点が普通、ひどかったら1点という感じです。

危険が少ない条件は、普段の護身術、逮捕術の訓練と似た状況で行われました。防具をつけた相手が蹴ったり、殴ったりするのに合わせて相手を取り押さえます。型のある組み手のような感じですね。

一方、危険が大きい条件は、手が込んでいました。参加者は目隠しをして、狭い部屋に連れてこられます。目隠しをとると、ロボコップ・スーツのような特殊な防具をつけた訓練相手が目の前にいます。この相手が、参加者を口汚く脅します。さらに、相手は手に電撃警棒を持っており、殴る、蹴るに加えて、電撃警棒を使ってきます。場所、相手、内容、全ての危険度が増大していますね。この相手を取り押さえるわけです。

このロボッコップ・スーツがシュールで、ちょっと面白かったです。Rendenがこの論文の内容が載っている博士論文を公開していて、その写真を見ることができます(p. 71)。
https://research.vu.nl/en/publications/police-performance-under-pressure-arrest-and-self-defence-skills

不安とパフォーマンス

参加者は、当然ですが、危険が大きい条件で参加者は不安を強く感じました。心拍数が上昇し、実験者に対しても強く不安を訴えました。不安の高さは質問紙でも確認されました。なお、格闘技経験の違いは、不安の高さに影響せず、経験があってもなくても同じくらい不安が高まっていました。

下にパフォーマンスの評価を、危険と格闘技経験の違いによって分類して示しました。

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逮捕術のパフォーマンスは、危険が大きい条件で悪くなりました(青と灰色の差)。この低下は、格闘技経験があってもなくても生じました。不安になると、格闘技経験にかかわらず、パフォーマンスは落ちるようです。

ただし、格闘技経験があると、経験がないよりも適切な対処ができていました。格闘技としてはキックボクシング、空手、柔術、クラブ・マガの4種類があり、どの格闘技経験者でも、経験なしのひとよりも暴力への対処が高く評価されていました。

上の図に示したように、キックボクシング、空手、柔術の経験者は同じくらい対処が上手く、危険が少ない条件ではほぼ完璧です(4.5/5)。クラブ・マガの経験者もほんの少し低いだけです。危険が大きくなると、多少落ちますが、キックボクシング、空手、柔術の経験者にはおよそ4点を与えられており、適切に暴力に対処できると評価されていることがわかります(3点が真ん中です)。格闘技経験がないと3点でギリギリ追求点という感じです。

格闘技で身を護る

キックボクシング、柔術、空手(注1)には、スパーリングなど実戦を想定した練習があります。もちろんスパーリングは実戦と同じではないでしょうが、それでも近い状況での訓練が適切な対処を可能にすると考えられます。だからこそ、キックボクシング、空手、柔術といった格闘技の経験者が不安が高まった状況で、適切に対処できるようになるのでしょう。

冒頭でも紹介したヘナー・グレイシーは、警察でも柔術に基づいた護身術、逮捕術を取り入れるように、繰り返し訴えています。Rendenたちの研究はこの主張を裏付けるものかもしれません。一般人が危ない目にあったら、その場を離れるのが適切です。ですが、警察官のように職業だとそうはいきません。また、一般人でも逃げられない場合もあるかもしれません。格闘技を経験しておくと、護身という意味で安心かもしれないですね。


引用文献

・Renden, P.G., Landman, A., Geerts, S.F., Jansen, S.E.M., Faber, G.S., Savelsbergh, G.J.P., & Oudejans, R.R.D. (2014). Effects of anxiety on the execution of police arrest and self-defence skills. Anxiety, Stress, & Coping, 27, 100-112.
・Renden, P. G., Landman, A., Savelsbergh, G. J., & Oudejans, R. R. (2015). Police arrest and self-defence skills: performance under anxiety of officers with and without additional experience in martial arts. Ergonomics, 58(9), 1496-1506.

注1:空手は流派によります。


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