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スパーリングに関する昔話

スパーリングはブラジリアン柔術の魅力のひとつです。試合形式の実践練習なので、ゲーム性があります。駆け引きや勝ち負けがあるので気持ちも入りますし、頭も体力も使います。結果として、清々しい疲労感と爽快感を味わえます。

スパーリングは、勝ち負けのある競技の性質上、上達のためには欠かせない練習です。しかし、必須であるかといえばそうでもありません。

スパーリングは特殊な練習法

日本における伝統的な武芸・武道では形稽古が中心です。スパーリングのような実戦形式の練習は滅多にやりません。武芸・武道はもともと戦闘・格闘の技術です。言ってみれば、人を傷つけ、命を奪うためのものです。形稽古以外はなかなかできなかったのも当然です。戦場で使う技術をそのまま使ってスパーリングしたら死んじゃいますよね

武芸・武道は、近代(江戸時代)になり、戦国時代のように実戦で使われることがほとんどなくなった技術を継承するため、実戦の格闘術が体系化されたものです。それが現代に伝わり武道や日本発祥の格闘技になりました。

近代の武芸は基本的には師匠から形を学ぶ形稽古でした。これは戦国時代には実践的であった武芸が、流派に分かれ独自の技を発展させ、それらを継承するための稽古が中心だったからです(藤堂・村田, 2007)。現在の古流柔術も形稽古が中心ですね。例えば、八光流柔術や竹内流柔術がそうです。合気道も形稽古だけですね。

スパーリングの起源

柔術におけるスパーリングの起源は柔道の乱取りにあります。ブラジリアン柔術は、講道館柔道がブラジルに渡り独自の発展を遂げた競技です。講道館柔道は天真楊流柔術と起倒流柔術を学んだ嘉納治五郎が創始しました。天真楊流には技を指定した上で攻防をする「乱捕」、起倒流には攻防を取り入れた「乱稽古」がありました。これが講道館柔道にも取り入れられ、「乱取り」いわゆるスパーリングに発展しました(藤堂・村田, 2007)。ブラジリアン柔術はこれを受け継いでいます。

ただ、天真楊流や起倒流でも稽古の中心は形稽古にあり、実践形式の稽古はあくまでも補助的なものでした。天真楊流の乱捕では、投技10、 固技4、絞技1に技を限定するルールが設けられていました(藤堂・村田, 2007)。起倒流の乱稽古は、形稽古中に技が利かないとき相手が反撃するというものでした(同じく、藤堂・村田, 2007)。ブラジリアン柔術や柔道の乱取りと比べると、だいぶ制限があります

柔道に現在のような実戦形式の乱取りが取り入れられ、しかも稽古の中心となったのは、嘉納治五郎の考えによります。彼は東京高等師範学校(現在の筑波大学)、旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の校長も務めた教育者でした。加納は柔道による身体づくりと精神修養の観点から形稽古よりも乱取りを重視して学校体育への導入を図りました(渡辺,1971)。これが乱取りを重視するようになった理由だと言われています。

たまたまの一致ですが、ボクシングやレスリングなどヨーロッパの格闘技も近代になって(18世紀、日本では江戸時代)ルールが整いはじめ練習にスパーリングが取り入れられました(樫永,2019)。ですから、スパーリングは近代以降の練習法と考えられます。

ブラジリアン柔術でも形稽古は大切

大抵のブラジリアン柔術の道場だと形稽古も重視しています。通常のクラスは、ウォームアップと基礎運動(20–30分)、テクニック(30–40分)、スパーリング(30-60分)の3部構成が典型的です。スパーリング以外の時間は言ってみれば形稽古になります。ただ、日本の道場は柔道や総合格闘技の影響なのか、スパーリングがやたらと長いところがあります。そう言うところは、格闘技経験のない初心者にはちょっとツラいですね。おじさん、おばさんだとツラさは倍増です。

柔術にはいろいろな楽しみ方があります。競技に慣れてくればスパーリングを楽しめます。ただし、それだけが柔術の魅力ではありません。技術を習得すること、成長することを目指すなら、形稽古にあたるような練習、例えば、打ち込みでも満足感や充実感を練習を通じて得られます。特に初心者のうちは無理してスパーしなくていいんじゃないですかね。おじさん、おばさんも同様です。無理は禁物。

引用文献

・樫永真佐夫 (2019). 殴り合いの文化史.左右社

・藤堂良明・村田直樹. (2007). 武道における稽古用語の変遷について. 武道学研究, 40(1), 1-8.

・渡辺一郎 (1971).史料 明治武道史.新人物往来社.


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