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MT数学史#8 天文学と暦

今日は天文と暦のお話。現代を含めいかなる時期のいかなる文明においても、最も現実的に重要な価値を持ってきたものですが、古代においては尚更です。これを支配することで特権階級は特権階級たりえるわけですから(!)

農耕牧畜をいつ頃からか始めた都市国家型古代文明は、その成熟と共に商人や職人といった中間層が分厚くなってきます。それによって農民の地位が下がるのではなく、むしろ国家運営上は尚のこと重要視され始めます。というのも、都市化した生活を送る多くの人口を養うには、なんといっても食糧が必要で、それをやり損なえばちゃんと餓死者が大量にでてしまいます。

自然の周期的性を科学し、計算によって農期や増水期などを予言しなくてはいけないのです。それが暦であり、それを理解・実行できる知識と知性を持たなくてはいけませんが、誰しもできるようなことではありません。文字の読み書きという特権的教育の上に、計算技術まで習得し、それをちゃんと観測に応用し暦作成、それを大衆へ通知する、という一連の政治までひっくるめて実践に活かすわけですから、古代人といえども(?)殆どの現代人より賢い人がいたわけです(お?)。

それがそのうち既得権益になり、民衆を纏めるための正統性も必要となれば、天候を司る神の仲介者としての王とその神話などもできてくるのも自然。

さて、その暦も二つの尺度、即ち太陽と月があります。それぞれ太陽暦と太陰暦で、前者は農耕民族には死活問題、後者は現実的な程よい長さと分かりやすさの為に重要です。その二つをきちんと用意して、相互関係も用意し、暦としてまとめるわけです。

とはいえ地球の回転という分かりやすいけれど宇宙的には特に理由のない尺度:1日を単位とすると
太陽一周期or 1年 ≒ 365.25日
月の満ち欠け一周期or 1ヶ月 ≒ 29.53日
ですからこれはもう大変です。どうしたって手軽に周期的暦を作るのは難しい。

「来年から一年365.25日です」といわれても困りますし。そのまま行くと来年は朝の6時が年明けで、四年経つと一日ずれてしまいます。そんなわけで四年に一度の閏年があるわけですね。

これでもなお、どうしたって≒ですから百年・千年単位でみれば誤差は生じてしまいます。国家運営上最低でも百年単位などでちゃんとした暦が必要な場合、もっと正確な観測に基づいて閏年や閏日なども必要なわけです。

そこで結果だけ。365.25÷29.53=12.368に注意して、エジプトでは太陽の方をもとに1年を12ヶ月, 1月あたり30日とし、これだと360日しかないので12月は35日としていました。

しかしそれでも一年で1/4日ずれてしまうので4年で1日の補正、そして天文学的運動として4×365=1460年で宇宙は一回転し原点回帰するとしました。そのための指標としていたシリウスを洪水の神と崇めて観測したり修正したりして預言と儀式のため税金を徴収していました。そういえばラーの翼神龍は金色だったね、関係ないけど。

バビロニアではもっと月の方の短さと現実性とを重用して、1ヶ月の長さを今のように29日と30日で交代にとり12ヶ月、これでは354日しかないので2,3年に一度閏月をごっそりいれて、1年が13ヶ月の年を設けて辻褄をあわせていました。

しかし「流石にもうすこしちゃんとしたの作ろうぜ」感が漂ったようで、後には19年周期235ヶ月で6940日になるように暦を作っていました。
6940÷19=365.26
6940÷235≒29.53
に注目です。さすがっしょ。

中国もなかなかです。
19年が実際には6939.75日に近いことを悟り、76年27759日を採用していました。
27759÷76=365.25です。

ちなみに現代ではもっと厳密を極めています。
さらに千年由来の十日ものズレを修正したローマ法王グレゴリオ13世の1582年の決断や、本邦においては明治6年における暦切り替えと給料未払い問題など、興味がある方は調べてみると面白いですよ。

単なる趣味をこえて現実の社会運営上とても切実な問題を扱うために数学は必要不可欠でした。星座は単なる酔っ払いが作り出したこじつけではなく、ある意味で先人の知恵と情報の圧縮の名残と見れば興味も湧いてくるかもしれせん。神秘主義もあるので注意は必要ですが。

さらに天文上の必要から平面幾何や三角法、球面幾何までもが古代においてさえ研究されていったのですが、それはまた別の機会に。

MT

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