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MT数学史#5 古代の数学 ①数と算術
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MT数学史#5 古代の数学 ①数と算術

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前回まで、文明ごとに有史以前から続く数学的文化なるものをまとめてきました。どちらかというと考古学や歴史に近いものがあったわけですが、今回からは数学的な方に進んでいきましょう。文献的に残っている数学的特徴をトピック的に紹介して行きたいと思います。

まず一つ目は数表現・記数法についてです。僕らは「数といえば数字、数字といえば数」という観念がつよく、十進表現されたものが数そのものであると思っている人も多いかもしれません。それが理由か、N進数などを学ぶと非常に混乱する人も多いかと思います。実際それが自然だとおもいますし、一つの数表現を固定して習熟した方が実用の上では便利ということは確かにあるのですが、数学的には本質的なことではありません。何か一つの表現で固定すれば十分で、それが歴史的な変遷を経て十進数に収束していっただけです。過去とはいわず今を見ても、部分的に時計や時間・角度などに六十進や十二進の名残があることは既に何度か触れましたね。ですから問題は、進数表現の違いよりも数というシステムと機能の有用性、即ち「位取り記数法」が重要なわけです。実はこの獲得に人類はものすごく苦労してきました。

古代においては、なんといっても古代バビロニアにおける位取り記数が素晴らしかった。つまり9種類(0がないのでまだ9種であることに注意)を繰り返し用いるが場所によってその大小を書かずとも意味させる方法で、凄いやつです。但し我々の使うインド・アラビア式記数法と比べると一貫性と完全度においては少し欠けていて、十進・六十進の併用、ゼロや小数点の欠落です。ちなみに空位としての0の発明は随分と後の話ですが、これにもいろいろな説がありますのでお楽しみに。

ゼロと小数点の欠落は大問題で、文脈がわからないと位がわからず数の大小の勘違いが平気で生じます。例えば、0がないので12なのか102なのか1,23なのか1,23,00なのか、などこんなことさえ不自由です。実際これらは偉大発明の一種で、僕らは小学生の頃からずっと使い慣れて恩恵を受けすぎているがために、その素晴らしさにピンとこないのです。ユビキタス化の功罪ですね。

歴史的にも、この位取り記数法は古代バビロニアで使われていたにもかかわらず広まることはなく、ギリシャによる幾何主義、その後の大国家ローマの繁栄、ラテン語とローマ数字が西洋では正式なものとされ、アラビアやインドにおいてはモノとしてはあったものの学問の世界にはあまり採用されませんでした。学問的真理とするには、異教徒の学問や記号は呪いのように見えたのかもしれません。

インド・アラビア式記数法が浸透するのは、西洋が暗黒時代の間に、バイト・アル・ヒクマ(知恵の館)に象徴されるような開明的アラビア世界においてあらゆる学問が醸造され、中世以降に本格的なルネサンスが始まってからです。ちなみに決定的な仕事をしたのは、皆さん大好きフィボナッチ、Leonard Bigollo Pisano Filio Bonaccij さんです。贅沢な名前だね!ということで、とある魔法使いに名前を取られてフィボナッチと呼ばれています。

フィボナッチの絵と立像


結局は、不完全ながらも古代バビロニアでほぼ実用段階にあった位取り記数法は世界的にはそこまで採用されず、ローマ数字や漢字による換字法の使用年月の方が長く、便利な記号法則の獲得のためにいろいろと迷い苦労した先人達の努力の上に我々の楽さと文明は成り立っているわけです。本質的に価値のあるものよりも、直感的にわかりやすいものが流通してしまうと回収が異常に難しくなるということでしょうか。(悪貨は良貨を駆逐する?)

そんな位取り記数法が復権する直接的理由は、その算術の便利さが商業利用のために圧倒的に有利だったからです。商業で有利なら当然軍事においても有利ですから後は推して測るべし、です。この辺りの詳しいことは、また中世イタリアのメディチ家とルネサンスの辺りで触れることになりましょう。



古代の算術にも触れておきましょう。古代のことですから主に加減乗除ですが、それでも算用数字無しにやってみることを想像してみると絶望的です。例えばローマ数字では、

MMCCCXIV + DCLXXⅡ = ??

幾何ではあれだけの才能を見せた古代ギリシャでも、数計算では換字法として適当なアルファベットを用いるだけで大差ありません。そもそも数計算など立派な貴族的市民の仕事ではなく、身も心も魂も穢れた奴隷がやればよいこと、という思想の強さのせいで発展しなかったという説もありますが。

それでも古代の優れた人々は、それぞれの文化と記法できちんと計算が行われていました。

加減については、どの文明についても大した差はなく、ときに指や表や算板の助けを借りてやっていたようです。そのなかでも、計算のための道具は洋の東西を問わず使われていたようで、ローマではそろばんのようなabacus、東洋では前回の中国のところで述べたような算板を使っていましたから、かなり瞬発的に素早く計算を遂行できたようです。

Roman abacus 

ちなみに日本のソロバン(漢字で書くと算盤となってややこしい)はかなーりあと、宗や明の時代の輸入もので、前田利家がいつもそろばんを携帯していたのは結構有名です。このころまでまだ珠の数も今のものより一つ多く、江戸期に高速化と小型化のために改良されました。

前田利家の算板
珠の数に注目


閑話休題。例えば前回に触れました中国の算木と算板による足し算であれば、まずは足したいものを二つ並べます。桁毎に計算していき、10個集まったらまとめて消して、一つ上の大きいやつを持ってくる、という素朴なやーつです。引き算も同じ感じです。ちなみに大きい桁のほうから計算していたようです。(実は僕も大きい方から計算してます、癖です。)

しかし掛け算・割り算については文明毎に色があって面白いです。

例えばエジプトでは二進展開的計算。これは世界をみてみると、今でも学校で教えられている地域もあるようです。たとえば11×13 を計算しようとするとき、
1 13
2 26
4 52
8 104
と13を2倍ずつにしたものを書いておいて、左の列で11になるように1,2,8のところを足し合わせると、13+26+104=143を得ます。

これは実質、11×13=(1+2+8)×13 という二進展開と分配則による計算をしているワケですね。筆算という機械的計算に慣れ過ぎた僕らから見ると「なんて面倒な」と思うかもしれませんが、実は二進の代わりに十進、2倍の表の代わりに九九表を覚えているだけで、構造的にはやってることは全く同じことがわかるでしょう。

バビロニアでも分配法則を背景に、表をみて和に直していたようです。割算なんかもお得意の逆数表です。

実はこの割算がとても厄介で、バビロニアがこれを小数的に処理していたことは驚くべき先進性でした。実際、割り算の計算は16-7世紀になってさえまともに出来る人はごく少数で、大学の権威的人物か専門職的ギルドに限られていたほどです。古代から中世までの具体的な計算法と計算例などはここに書くほどの数学的価値はあまりないですし、ものすごく面倒でややこしいので割愛致しますが、興味のある人は次の図で雰囲気だけ味わったり、調べてみることをお勧めします。当時の人の大変さが窺い知れます。いまとなっては誰しもそういう計算を算板も使わず紙とペンのみの筆算で難なくこなせるというのは、ある意味とても有難いことなのです。「文明が成長すればあたりまえ」と一言では片付けられないほど、それがなかった時代が長かったわけですから。



そんなわけで、

数学以前ともいうべき最も基本的な数と算術について、その形成そのものの大変さを概観してきました。その問題意識と難しさそのものが今からするとよくわからないかもしれませんが、空気の存在と有難さが容易にはわからないのと同様に、当たり前と思って接しているものの中に驚くべき秘密や先人達の工夫と努力が隠されているということが知れるのは嬉しいことじゃないでしょうか。物心ついたときから言語をなんとなく喋れたり文字を書けることや、小学校のときに算用数字を学んだ苦労をあまり苦労と思わずその恩恵を受けられる時代に生まれることは、長い歴史を見渡してみるととても幸せなことだということに気付かされます。

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