意識と量子力学 第2回 量子力学の観測問題
量子力学の誕生によって、ミクロの世界が機械的な計算と観測で少しずつ解明されてきましたが、観測という行為そのものを量子力学でスムーズに理解できないことがわかってきたその歴史的な経緯を見ていこうと思います。
■ 量子力学の観測問題
シュレーディンガー方程式(*)と呼ばれる量子力学の波動方程式を原子の世界に機械的にあてはめると、高い精度で原子のエネルギー準位や光の吸収、放出といったミクロの世界の性質をよく説明し、実験とも高い精度で一致していることがわかりました。しかし、量子力学の波動方程式の機械的な適用はうまくいっても、物理学者には釈然としないわだかまりがいくつかありました。その内の一つは、現在も続いている量子力学の観測問題と呼ばれる問題です[5]。
量子力学の誕生以前の古典力学では、粒子の位置や、回転を表すスピンといった運動状態は、運動の方程式を使って一つの粒子の確定した未来の運動状態を予測できます。ところが、量子力学は、運動状態の確定した未来ではなく単に特定の運動状態にある粒子の存在確率を予測します。実際の運動状態は、観測することによって初めて確定します。だから、観測するまで運動状態がどうなっているのか知ることができません。特定の運動状態にある粒子の存在確率は、物質波(*)の強さに相当する量子力学の波動関数(*)の二乗によって与えられるとする解釈をドイツの物理学者、マックス・ボルンが与えました。それによって、粒子のさまざまな運動状態は、波動関数で与えられる存在確率に応じて観測されるとしました。粒子の観測と量子力学の関係をそれで理解したと多くの人が思いました。
ところで量子力学では、波動関数はさまざまな波長の波で構成されている物質波の波束(*)を表すことから、1つの粒子はさまざまな運動状態をとり得ることを表します。ところが、粒子の観測を行うと、波動関数を構成するさまざまに取り得る運動状態の中から、一つの運動状態だけが選ばれ、他の運動状態は排他的に除かれます。量子力学の特徴として、波動関数の与える確率に応じていろいろな運動状態が同時に観測されることはありません。このように、観測によってもともと多くの可能性のある運動状態にある波束(波動関数)から、たった一つの運動状態が選択されることを「波束の収縮」と呼んでいます。これまで、波束の収縮を説明する学説が多く出されてきましたが、結論は今もって出ていません。このような波束の収縮の仕組みをめぐる一連の問題を「観測問題」と呼んでいます。観測問題は容易ではありませんが、多くの議論の中から、それまであまり注目してこなかった部分に考察が及ぶようになってきました。それは、観測の対象と密接な関係にある観測機器だけでなく、観測を行う人間、さらにはその源にある人間の「意識」でした。
余談ですが、物質波の波束は、量子力学の特徴を最も端的に表し、古典力学とは大きく異なる特徴の一つです。量子論の大家の一人で、イギリスの物理学者、デビット・ボームは、その著書「量子論」[6] の表紙をこの波束で飾りました(下図)。
* シュレーディンガー方程式、物質波、波動関数、波束は、「第1回 量子力学の誕生」をご参照ください。
次回は、意識ばかりでなく目に見えない世界と関係する量子論の深遠な性質について少し紹介したいと思います。
■ 参考文献
[5] 湯川秀樹ら「新装版 現代物理学の基礎3 量子力学I」岩波書店 (2011年).
[6] David Bohm, Quantum theory (New York: Dover Publications, 1989).
よろしかったら次の回もご覧ください。
by Jaros
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