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あなたと食べて生きていく。〜島本理生『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』

銀のフォークを手にして

美味しいものを好きな人と食べることは、
人生の最大の贅沢ごとのひとつだと思う。

蟹、しらす、やきとり、海老、お好み焼き…

表紙をめくると目に飛び込んでくる
目次に並んだ美味しそうな食べ物の数々。

私たち読者は、これから読み進めるストーリーが
あらゆる美食と幸せなカップルのエピソード
淡く華やかに彩られることを期待する。

第1章は3ページという短さながら、
ささやかな食事デートを楽しむ男女の
礼儀正しくもどかしい関係性、
そして大人で余裕ある椎名さんの魅力
(ラスト4行で撃ち抜かれた女性読者、同志です!)
と、まさに希望あふれる始まりとなっている。


薬を手にして

ところが次の章で、私たちは早くも
容赦ない現実に呆然とすることになる。

椎名さんはエイズという難病を抱えていたのだ。

これから始まるはずだった甘いラブストーリーは
突如としてほろ苦く儚い現実に変わる。

だがしかし、衝撃の告白とは裏腹に、一方で
私たちはそれが何を指すのかも分かっていない

寿命に大きく関わるの?
普通の恋人として触れてもいいの?
どうして付き合えないのーーー?

この先の煌びやかな目次たちが
途端に切ない備忘録のように思えてくるのは、
生まれてこの方、無神経に
健康を享受し続けてきた人間のエゴだろうか。


銀のフォークと薬を手にして

ここまで読んで、
「病気もののラブストーリーかな?」
「泣ける話、好き/苦手なんだよなぁ」
と思った方、ぜひこの本を手に取って欲しい。

知世と椎名さんの物語は、けして
エイズの恐ろしさを伝えるための教本でも
病気を乗り越える恋人たちの
壮大な感動ドラマでもない。


彼らは、ただ、楽しく食事をして、
他の恋人たちと変わらず
自分たちの日常を楽しんでいるだけなのだ。

あえて言おう。
この本は美味しいものに目がない、
幸せな歳の差カップルのラブストーリー
なのだ。

特定の難病という見過ごせないキーがありながら
それをただのネタとして蔑ろにするでもなく
さりげなく、そして丁寧に
日常を追い続けた
この物語は、
私にとって特別で大切な物語になった。


わたしたちは

ちなみに章ごとに時々語り手が変わるのだが、
最終的に読み終えた私の感想としては
これはあくまで今を生きる女性たちの群像劇
だな、ということだ。

始めに出てくる知世と椎名さんを軸に
知世の友人達や反りの合わない妹、
椎名さんの病気を知りながら結婚した元妻など、
それぞれに違う事情を抱えた魅力的な彼女たちに
この物語はしっかりと支えられている。

あー図書館で借りたけど、今度絶対に買おう
そして新しく食事をする相手に出会ったとき、
仕事や人間関係で小さな疲れを感じたとき、
そっと開いて読み返そう。


最後に、うんうんと思わず頷いた一文を。

この世は焼き鳥とレモンサワーを
一緒に楽しめる相手とできない相手に分かれる。

好きな人と焼き鳥屋デート、行きたくなるなぁ。

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