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【小説】『テオ』第2話

 二日後の午前十時。蝉の声が響くなか、俺たちは母校である露原つゆはら小学校の校門前で集まった。当時小学生だった俺たちが初めてテオと出会い、知り合ったのもこの場所だ。
「テオが初めてここに来た時びっくりしたよな。いきなり話しかけられたもんな……僕も一緒に混ぜて欲しいって」
「あいつ、気がついたらその場にいるんだよな。そんでその後、みんなで近くの公園行って遊んだりしてさ」
「そうだっけ? 二人ともよく覚えてるね」
「まぁ、うろ覚えだけどな。小学生の頃のことなんて、そう細かく覚えてないから」
 そうは言っても、テオとの思い出をここまで覚えているということは、きっと彼はそれほど人の印象に残る存在なのだろう。
「えーと、それじゃ今から……どこ行く?」
「どうしよ……決めとけば良かったな」
「んー……あ、じゃあ『かわせ文具店』はどう? すぐ近くだし、川瀬さんに話聞けるかも」
「おー、その手があったか」
「川瀬さんに聞きに行こう。テオも一緒に来たことあるから、たぶん覚えてると思う」
 俺たちはさっそく文具店を目指して歩いた。そして横断歩道を渡った先に、一際目立つ赤い日よけ屋根を見つけた。
 「かわせ文具店」は、校門のすぐそばにある小さな文具店だ。川瀬さんという女性が店主として切り盛りしている。彼女は俺たちが小学生の頃、通学路を通る時にいつも笑顔で挨拶してくれていた。
 レジ台のそばに川瀬さんの姿があった。呼びかけて挨拶すると、俺たちに気づいて店先まで出てきてくれた。
「あらぁ、いらっしゃい! 大きくなったねえ。もう大学生?」
「はい。お久しぶりです」
「そっか。また来てくれてありがとうね。なんか必要なものあったら買っていってちょうだい」
 川瀬さんは店の奥に戻っていった。俺たちも中に入ることにした。
 店内はクーラーが効いていて心地良かった。ふと視界に入ったレジ台の奥の壁に、小学生から贈られたと思しき似顔絵が飾られていた。
「ここ、今の小学生もいっぱい来るんですか?」
 俺が話しかけると、川瀬さんは似顔絵の方を見てにっこりと笑った。
「前まではお客さん少なかったんだけど、今はなぜか子どもたちがたくさん来るようになって……テレビでよく聞く、レトロブームってやつかねえ。今どき何が流行るか分かんないからびっくりだよ」
「そうなんですね」俺が相槌を打ったところで、竹村が思い出したように口を開いた。
「あ、ところで川瀬さん……テオって覚えてます? 一度この店に来てた、目がぱっちりしててそばかすのある子なんですけど」
「そばかす? ……ああ、あの子ね。この前、お店の前を通り過ぎていくのを見たよ。友達と一緒に楽しそうにおしゃべりしてたよ」
「え、そうなんですか!」
「うわ会ってみてぇなー!」
「元気そうで良かった! テオくん、どこの大学行ってるんだろうね」
 テオの最新情報を聞けたのが嬉しくて、俺たちは思わずはしゃいだ。しかし、そばで聞いていた川瀬さんは怪訝そうに言った。
「あらあの子、大学生だったの? まだ小学生に見えたけどねえ」

 え、と三人揃って声が出た。テオは俺たちの同級生だから、今はもう大学生になっているはずだ。しかし別人の可能性もある(というか、別人じゃないとおかしい)ので、俺たちは一応、そのテオに似た人物の服装を聞いてみた。
「あ、あの、その小学生って、どんな服装でしたか?」
「服装? えーと……とにかくお洒落な服装だったよ。帽子被って、白いシャツにベルトの付いたお洒落なズボン履いて……なんかほら、外国のお金持ちの子みたいな感じよ」
「……そうですか……教えていただき、ありがとうございます」
 俺たちは川瀬さんに頭を下げて、何も買わずに店を出た。

「……どうしよ、マジで混乱してきたわ」
 俺が率直に今の気持ちを吐き出すと、二人ともしっかりと頷いた。
「俺も。川瀬さんが見た小学生の特徴、間違いなくあの頃のテオそのものだったよな……」
「何が起こってるんだろう……」
 ちりんちりん、とベルを鳴らしながら、自転車に乗った小学生たちが駆け抜けていく。そのTシャツ姿の後ろ姿を何気なく見送っていると、俺はようやく、二日前から薄々感じていた違和感の正体に気がついた。
「……袖……」
「え?」
「いや、この前さ、竹村にテオの服装聞かれた時からずっとなんかもやもやしてたんだよ。なんでかなって思ってたんだけど……今思い出しちゃってさ」
 それから俺は、竹村と井田の目を見据えながらゆっくりと口を開いた。
「……あいつのシャツ、いつも長袖だったんだよ。夏なのに」
 沈黙が十秒ほど続いた。あんなにうるさかった蝉の声も、一瞬ふっと止んだような気がした。
「な、何だよ……長袖だから、何なんだよ?」
 竹村の声が沈黙を破る。しかし、その声は少し震えていた。
「だ、だからさ、もしも、さっきの川瀬さんが見た小学生が、本当に、テオだったら……もしかしたら、テオはもう……」
「皓、もうやめよう」井田が遮った。「不思議なことが起こってるけど、悪い想像するのはやめよう。テオくんがまだそうだって決まった訳じゃないし、もしその予想が外れてたらとても失礼だよ。良いことだけ考えていよう」
「……そうだな。ごめん」
 腑に落ちないことを無理やり自分の中で納得させようとして、最悪の事態を想像してしまう。それが自分の直すべき部分だと、俺は反省した。
「まぁ、あいつも悪い奴じゃないからな……さ、気を取り直して、テオの情報もっと集めに行くか」
「あ、その前にちょっと休憩しない? まだよく分からないことが多いし整理したいんだ。あと、皆でテオくんについて覚えてることを話し合ったり情報を集めたりしたら、またなにか新しいことが分かるかもしれないし」
「そうだな。じゃあいったん休憩を挟もう。場所はどうする?」
 竹村が尋ねると、井田は少し考えて言った。
「……僕の家、アイスあるけど……寄ってく?」
「マジで⁉︎ 寄ってく!」
「でも、急に行っちゃって良いのか?」
「大丈夫。親は今仕事行ってるし、歩き回るより涼しい所の方が落ち着くだろうと思って」
 部屋は汚いかもしれないけど勘弁してね、と井田は笑った。
「じゃあ、行くか。結構久しぶりだよな、井田ん家」
 俺たちは井田の家に向かった。謎めいた同級生の正体を掴みたいという好奇心だけが、俺たちを動かしていた。

                  〈つづく〉


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