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【小説】瑠璃の囀り 第1話「邂逅」

 休日。何の気なしに近所の公園を散歩していると、ふわりと爽やかな香りが鼻を掠めた。
(香水?)
 香りの方を見た瞬間、すぐ横を背の高い人が通り過ぎていった。顎のあたりまで伸ばしたボブカットの黒髪から一房、青緑色のメッシュが覗く。切れ長の黒い瞳。すっと通った鼻筋。微かに笑みを浮かべた唇。薄いグレーのタートルネックや黒いズボンにしなやかな身体の線が出ている。性別は分からないが、とにかく美しい。
 思わず立ち止まって見つめていたら、視線がかち合った。
「あ、ご、ごめんなさい」
 訳も分からず謝ってしまう。その人が不思議そうな顔をしたので、「えっと、その、綺麗だなと思って……」と慌てて言葉を付け加える。
 するとその人の口角が上がり、柔らかい笑顔になった。
「ありがとうございます」
 男とも女ともつかない、心地良い声が発せられた。その人はすぐに行ってしまったが、その爽やかな香水の香りと美しい姿と心地良い声の響きが、しばらく頭から離れなかった。

 後日、新しい服を買おうと商店街に足を運んだ私は目を丸くした。
 洋服屋の隣の青果店。その中に、エプロン姿のあの人がいたのだ。
「今日はトマトがお買い得ですよぉ」
 あの人はよく通る声でお客さんに呼びかけていた。
 明日は青果店に入ってみようと決心した。

                 〈つづく〉

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