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【小説】『テオ』第1話

 八月某日、午後八時。自分の部屋を掃除していると、本棚の奥から小学校の卒業アルバムが出てきた。うわ懐かし、と呟いて、俺は思わずページをめくってしまった。
(確か俺は……二組だったな。ああそうだ、竹村も同じクラスだったんだ)
 自分の顔写真が載ったページの中に親友の笑顔を見つけ、自然と口元が緩む。
 小学生の頃、俺は友達とよく一緒に遊んでいた。住所や電話番号を教え合って、夏休みになるとお互いの家に遊びに行ったり、皆で町のあちこちを探検したりしていた。進学するにつれて頻繁には会えなくなってしまったが、彼らとは大学生になった今でもたまに連絡を取り合っている。
(あれ、そういえばその中に一人だけ、家も電話番号も知らないやつがいたな。顔は思い出せるんだけどなあ。ええと……あいつの名前、なんだっけ?)
 思い当たる名前を片っ端からアルバムの中に探したが、どうしても頭の中の顔と一致しない。丸く切り取られた青い背景の中で笑っているのは、どれもよく知っている同級生ばかりだ。なんだかもやもやする。こうなるともう、アルバムを閉じて掃除を再開する気は微塵も起きなかった。
 俺は勉強机の前に座り、スマートフォンで二人の親友にメッセージを送った。一人は竹村、もう一人は井田という。小学生の頃に知り合ったので、彼らに聞けば何か手がかりを得られるかもしれない。グループチャットでアルバムを発見したことと名前が思い出せない同級生のことを伝えると、すぐに二人分の既読がついた。
「そいつの特徴、覚えてる? こんな顔だったとか、こんな服着てたとか」竹村からそう返信が来る。
 小学校に登校する時、服装は必ず制服だった。「そいつ」が制服を着ている姿は思い出せない。しかし、一緒に遊んでいる時はいつも同じ服装だったので、それが彼の制服といっても良いだろう。
「とにかく目がぱっちりしてて、そばかすがあった。あと灰色の帽子被ってて、白いシャツにサスペンダー付きの黒い半ズボン着てた気がする。吊りスカートのズボン版みたいな感じ」
 すると今度は、井田から返信が来た。
「たぶんそれ、テオくんだと思うよ」
 頭の中のもやもやとした霧が一気に晴れた。しかし何故かは分からないが、まだ何かがはっきりしていないような気がする。それでもまずは名前を思い出せたことが嬉しかったので、とりあえず彼にお礼の返信をした。
「そうだ、テオだ! ありがとう!」
「思い出せて良かった。テオくん、懐かしいよね。今頃どうしてるんだろう」
「え、井田もテオと繋がってないの? 竹村は?」
「わりぃ、俺も知らないわ……あの頃はみんな家の電話で連絡してたもんな」
 そういえば、俺たちが小学生の頃はまだ自分の電話なんて持っていなかった。遊ぶ約束をするのはいつも家の固定電話。そしていつからか、皆が待ち合わせの場所に集まると、必ず「テオ」という少年も合流してくるようになった。
「そうか……あいつ、とにかく変なやつだったよな。どこに住んでるかとか、家の電話番号も聞いた覚えあるけど教えてくれなかったし」
「でも、小学校の近くに住んでるとは言ってたよね。探してみれば分かるかもしれないよ」
「小学校か……あ、じゃあさ」
 井田からの返信を受けて、竹村がある提案をした。
「みんなが都合良い時に、あの頃遊んだ場所をいろいろ回ってみないか? 小学校の周りとか、公園とか。今じゃないとなかなか全員集まる機会が無いし、もしかしたらテオについても何か分かるかもしれないだろ」
 確かにそうだ。別々の大学に行ってしまった俺たちが集まれる機会は、夏休み中の今しか無い。
「良いね! いつにしようか?」
「井田と霧島の予定に合わせるぞ。井田はバイトの予定とか大丈夫か?」
「僕は明後日なら大丈夫だよ。こうはどう?」
 井田からの問いかけに、俺は「いつでも行ける」と答えた。こんな風に遊ぶ約束をするのは何年ぶりだろう。
「じゃあ、明後日の朝、十時に小学校の校門前でいいか?」
「オッケー!」
「オッケー!」
 偶然にも井田と全く同じ返信をしてしまい、小さく息を漏らして笑う。家の固定電話からスマートフォンのグループチャットに変わっても、遊ぶ約束のしかたはあの頃のままだった。

 ふと時計を見ると十時を過ぎていた。俺はスマートフォンに充電器を挿し、風呂に入ったりテレビを観たりしてだらだらと過ごした。その後、十二時には布団に入った。
 俺の胸の中には久しぶりに親友と連絡できた嬉しさと、明後日に皆で集まることへの期待があった。そして同時に、こうなるから掃除の最中にアルバムを見ちゃいけないんだよな、という一抹の後悔もあった。

                  〈つづく〉

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