見出し画像

【小説】瑠璃の囀り 第3話「散歩」

 今日は大学の授業が早く終わったので、再びあの公園へ散歩しに行った。
 昼間は猛暑だが、夕方になると涼しい風が吹いてきて心地良い。ボールを追いかける子供たちを微笑ましく眺めながら、ベンチでひと息つく。
「こんにちは」
 横から声を掛けられ、見るといつの間にか隣に青沼さんが座っていた。
「わ⁉︎」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「驚かせてしまってすみません。またここでお会いできたのが嬉しくて、お声をお掛けしたんです」
「い、いえ! 私もお会いできて嬉しいです……! 青沼さんも、ここによく散歩に来られるんですか?」
 青沼さんはにっこりと微笑んだ。
「ええ。風が気持ち良いので、お気に入りの場所なんです」
「最近、暑いですからね……」
 そう言った後、私はふと、青沼さんが汗ひとつかいていないことに気がついた。長袖のタートルネックを着ているのに。
 暑くないんですか、と話しかけようとすると、いきなりこっちにボールが転がってきた。
「あ、ごめんなさい!」
「こっち投げてくださーい!」
 子供たちの声に青沼さんは頷いて立ち上がり、ボールを拾い上げた。そして、かくかくとぎこちない機械的なフォームでボールを投げる。
「ありがとうございまーす!」
「いえいえ、どういたしまして」
 優しく言いながら、青沼さんはこちらに顔を向けて照れ臭そうに笑った。
「ボールの投げ方って、これで良いんでしたっけ。まだあまり慣れていないもので」
「大丈夫だと思います。確か、詳しいことは体育の授業とかで習った気がしますけど……ボールを投げる機会って、スポーツやってる人でもない限り、あまりありませんもんね」
 笑いながら答える。青沼さんは一瞬固まり、考えを巡らせるように視線を下に向けた後、顔を上げて大きく頷いた。
「そう、ですね。体育……の授業でそんな機会があったような気がします。まだその投げ方を覚えられていないんでしょうね。練習してみます」
 なんだかその笑顔が愛おしく、ますます魅力的に思えてきて、私は思わず青沼さんから目を逸らした。この時にはもう、タートルネックに感じた違和感など、とうに忘れてしまっていた。
 もっと青沼さんのことを知りたい。私はその一心で、この日から毎日公園に通い始めるのだった。

                 〈つづく〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?