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創作デブとガリ以外は読むな!9

「あいつはハウスメーカーで働いている。家を売る営業をしているそうだ」

「やっぱそうなんすね。俺、あいつからそういう話を聞いたことあるんですよ。面接がどこまで進んだとかね」今度はスプーンのように先が平らになったストローでクリームをほじくりながらデブが言った。

「そういう為に練習は休んでもかまわないと俺も言っていたんですよ。3年の時までは楽しくフットボール出来ていたんですけどね。あいつ、どういうつもりだったんですかね」
デブもガリからも怒りの感情は感じられなかった。テツに対してそういう感情はないようだ。

「お前たちはもっと怒っているのかと思っていた」

山西は面食らっていた。複雑な心持で今日を迎えた自分を嘲笑したくなった。

「そんなことないっすよ。そういう感情はありましたよ。でも俺、思うんですよ。テツのせいにしたからといって俺は何も得しないんですよ。それよりは今の生活を大事にするべきかなって」生クリームをストローでかき混ぜながらデブが言う。

「そう思っているなら、毎日充実しているのか?」デブの言葉は素晴らしいが、山西には何か引っかかる。

「そうでもないっすね。だって俺、現役の時就活なんてしてなかったんで、これから先、正社員で働くのは難しんじゃないっすか?」

この二人は4年生の時フットボールの事しか考えていなかった。何度か将来どうするかという話はしたが、「シーズンが終わってからでも遅くないっすよ」と言っていた。

「正社員になればお前は満足できんのか?」なんとなくデブはフリーターの自分にコンプレックスがあるように見える。

「満足とかそんなんじゃないっすけど、やっぱ正社員にならないといけないんじゃないっすか?」

「じゃあ、そうすればいいじゃないか?」

「いや、それができないからバイトで暮らしているんですけど」

 山西はデブの思い込みをどうやってほぐしていくかを思い巡らそうとしたが、すぐに説き伏せるのをやめた。自分で気がつかなければ行動に移らない事を山西は知っている。ここは二人の話を聞くべきだと判断した。

「ガリはどうだ。テツはお前たちに謝りたいと言っているが、許すことはできるか?」

「許すも何も、俺はどうでもいいんですよ。あいつがそう言っているならそれでいい。あいつの気が済むようにすればいいじゃないですか」

「本当にどうでもいいと思っているか?」

「俺は、今は何となく余生を過ごす老人みたいな感じなんですよ。去年の結果で俺の人生みたいなものは終わったんですよ。もうチームをまとめるとか、練習内容を考えるとかそんなこともしなくていいんです。他にする事なんてないっすよ」
 
山西は、ガリがフットボールを好きでたまらない事を知っている。

「フットボールに関わる事はしたくないのか?」

「人に教えられるほど、器用じゃないですよ。俺は。山西さんも知っていますよね?」

 その事も山西はよく知っている。フットボールが好きで真面目なガリだが、プレーの幅が狭い。ランニングバックだが、パスのプレーで彼をターゲットにしたプレーコールは一つもなかった。まっすぐ走る系のプレーか、ブロッカーにする為のバックスだった。その代わり、彼のダイブのランは、どんな状況でも着実に前に進んでいた。

「日雇いをずっと続けるのか?」

 ガリは、「それは……」と口ごもった。そのままでいいと彼も思っていないのだろう。ガリの不器用さはプレーだけでなく、生き方そのものが不器用だと山西は思った。

「今日はテツから連絡があってお前たちに来てもらったけれどな、俺からもお前たちに伝えたいことがあるんだ」

「なんか先生みたいっすね」

「みたいじゃなくて、俺は本物の校長だ」

「そんなデカい校長は日本で山西さんだけですよ」

「何でもいいが、お前らの今の状況は負け犬だ。それでいいわけがない。過去がダメだからと言って、今もダメという事はない」

二人から笑みが消えた。自覚していた事だが、はっきり言われると人は呆然とする。

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!