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粗末な暮らし3

 マテオは上機嫌だった。それに応えるように、入江田はすぐに飲み干した。酸味と苦味がはっきりと感じられ、クリーンな印象の酒だった。彼が飲み終わる前に、マテオは二杯目を注ぐ準備をしていた。
「そう言えば、あんたの連れってどんな奴なんだ?」マテオは自分のグラスを傾けながら入江田に聞いた。
「連れ?……誰の事だ?」

粗末な暮らし2

 入江田は、一瞬何の話をしているのか分からなかったが、すぐにアンバーの事だと思い至った。
「ほら。金髪の女だよ。さっき話していたじゃないか」マテオは入江田の反応を楽しむかのように笑みを浮かべた。
「え?……あぁ。彼女か」
 入江田は、自分の頭の中で、アンバーの存在を確認した。
「あの女とはどういう関係だい?」マテオは再びグラスを揺らしながら、入江田を見つめた。
「別に何もない。昨日会ったばかりだ。ここはクアオルトだろ?」入江田は勲は眉間に皺を寄せて、あからさまに困った表情をした。
「クアオルト?  そりゃあそうだ。慣れ親しんだ快楽とは無縁の場所だぜ。だが、あの女は俺達とは違う」マテオは鼻で笑うように言った。そして、入江田の顔をまじまじと見つめた。
「妙な事があった。清掃員にはアンバーの姿が見えていなかった」
「アンバー?……」マテオはそう言うと、ネットにつなぐ為に、こめかみに指をあてた。その仕草は人間らしさとも呼べた。
「あぁアンバー・ハーストという名前だな。やっぱりな。当然だ。ジャップのババァに見える訳がない。あれが新種の生命体といったところだ」
「ジャップ? おい。気をつけろよ」入江田はマテオをじっと見た。深さのある質感のマテオの尻下な大きい眼には、敵意も反抗もなかった。入江田も彼を本気で非難するつもりはなかった。刺し込こまれる言葉を牽制するという瞳の据え方だった。
「はっ! アメリカの為に命を張っていても、祖国は別格ってか。 そいつはいい。失礼した。だが、自覚するほうがいい。お前もあれに近づいているんだ」マテオはグラスを一気に傾けて、中身を飲み干した。
「僕は別にアメリカの為だと思っていない 」入江田は苛立ちを抑えて努めて冷静に答えた。
「どうだかな。自分の為と言いたいのだろうな。まぁ好きなようにすればいい。俺は一足先に拡張している。それで、双児宮計画のパイロット候補になった。ところがお前さんは、トランスヒューマニズムなしで選ばれた。クラッカー達にとっては、カラードに対する差別かもしれないが、凄い事だぜ」マテオは肩をすくめた。
「双児宮計画か。あんな事をしても、地球環境は変わらない気もするがな」
「地球の為じゃない。アメリカの為さ。この星がなくなるとなれば話は別だが、俺達はただの資源だ。クラッカー様のな」
「資源か……。まぁどちらにしろ、僕の使命は人類を守ることだ」
「人類のね。そうかい」マテオはグラスの底に残った酒を舐めるように飲んだ。「フィフティー・ワンの酒は旨いな。本当にな」マテオは同感を求めるような語気ではなかったものの、少し面倒くさくなったのかもしれない。
「アンバー・ハーストと言ったな。彼女は何者なんだ?」入江田は話題を戻した。
「さぁな。全ては俺にも分からない。情報の許可が進まねぇ。ただ、少なくとも、普通の人間じゃねぇな。あんなのは初めて見るぜ」

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一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!