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粗末な暮らし8

「あら?」
 声が聞こえた方角を、入江田は確認した。そこにいたのは、さっき挨拶をした清掃員がいた。
「先生を呼びましょうか?」防護服の彼女はそう問いかけた。

粗末な暮らし7

 「大丈夫です」と入江田は答えた。そして、彼女が自分から目を離さないことに彼は気がついた。食堂の青白い微光に浮かぶ彼女の顔は年老いていた。こけた頬に暗い陰が溜まって、いくら食べても、もう太らないような高齢者の痩せ方をしていた。
「すぐに先生を呼びます。顔色が悪いですよ」
「いえ、なんでもありません」入江田は、自分が何を話せば良いのか分からなかった。感染症によって、思考障害や現実感消失症といった症状が出る事を問診の時に医師から聞いていた。
「ちょっと待ってください」入江田は、ポケットの中からスマートフォンを取り出した。「すみませんが、僕の写真を撮ってもらえますか?」
「え?  写真ですか……はい……」清掃員は困惑した様子だったが、素直に入江田の顔を撮影した。
「ありがとうございます」入江田は礼を言うと、食堂を逃げるよう廊下に出てから、画像フォルダーを開いて自分の顔を確認した。目の周りにクマのようなアザができていた。入江田は、それがアドレノクロムを摂取した事による後遺症だと知っていた。
「大丈夫ですか?」
 硬い髪に白髪が混じりかけた、白衣を着ていない男が入江田に声をかけた。グレーのスエットパンツ、白いTシャツ、履き古したジョギング・シューズという格好で、体格も良く、運動部のコーチのように見えた。どうやら清掃員は医務室に連絡をしていたようだった。

続き➩粗末な暮らし9

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!