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粗末な暮らし13

九月十一日(土)
 深夜に目が覚めると、誰かがドアの前に立っている気配がした。恐ろしくなったので、ベッドの中で震えていると、しばらくして、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。しかし、それから数時間後、再びあの女の気配を感じた。今回は他の人間の話し声も聞こえてきた。
「そこが今回の双児宮計画の男の部屋だよ。アンバー」若い男の声でそう言うと、女の声がそれに答えた。「そうみたいね」と。

粗末な暮らし12

九月十二日(日)
昨日の二人の会話について考える。あの二人は一体なんだったのだろうか。しかし、あの二人は人間ではないような気がした。
九月十三日(月)
あれからずっと考え続けた。やはり、この施設の人間は信用できない。きっと何か企んでいるに違いない。そう思い、俺は荷物をまとめた。
九月十四日(火)
ついに決心がついた。この施設から抜け出してやる。
九月十五日(水)
今、俺が持っているものは、このリュックサックだけだ。これから、どうすればいいのかわからないけど、とにかく逃げるしかない。
九月十六日(木)
なんとか逃げ出せそうだ。この調子なら、外に出られるかもしれない。

 入江田は、しばらく考えた。そして、日記を閉じると、リュックサックに戻そうとした。その時、彼は背後に人の気配を感じて振り返った。そこにいたのはアンバーだった。彼女は無表情のまま、じっと彼を見つめていた。入江田は慌てて日記を背中の後ろに隠すと、彼女に向かって微笑みかけた。アンバーは何も言わず、入江田に近づいてきた。そして、彼の前で止まると、静かに口を開いた。
「佐吉。何をしているの?」
「いえ。ちょっと散歩をしていただけだ。それよりも、君はどうしてここにいる?」
 入江田は何もかもを明らかにして、さっぱりしたいと思ったが、戦術家のような冷静さをもって、アンバーにそう答えた。ある程度の実際問題を勘定に入れ、早く逃げ出したいと思っていた。
「あなたを待っていたの」
「俺を? 君をクアオルトで見たが」
「ええ。車よりも早く動けるの」アンバーはそう答えると、彼の腕を掴んだ。
「ちょっ……待ってくれ」
「大丈夫。怖くないから」アンバーはそう言いながら、入江田の腕を引っ張って歩き始めた。彼女の力は入江田の想像よりも強く、蜘蛛の巣にからめとられた虫のように、彼は自由を失った。
「どこに連れて行く気だ?」
「そんな事は知らないわ。私が知っているのは、私達がどこに行くのかだけよ」
「クアオルトか?」
「違う。もっと遠い所……」
 入江田は、自分の腕を掴むアンバーの手を振り払おうとしたが、無駄な努力に終わった。少し前に海に連れて来られたように、一瞬で入江田は都会に来た。

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一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!