シン・セカイ
ノックの音は軽い上品なもの。理由はないが、女性だろうとカツキは思った。だるい体を起こし、扉を開けた。
リサ・トランプだ。そんな予感はした。一瞬すれ違ったような出会いだったが、急な来訪者がいるとしたら彼女しかいないと思った。
「びっくりするよね?まぁいいや。あの日も偶然じゃないの。時期は来たの」
こういう事になるだろうと思っていた。
「わかるよね?君のお父さんから頼まれたの」
カツキは父親に会ったことがない。しかしながら、誰もが知っている非現実的な有名人なのだ。
「父の事?あの父親の事を言っているのですか?」
リサの表情は変わらない。微笑んでいるようにも怒っているようにもみえる。
「やはり君は思った通りの人間だね。君にしかできない事がある。わかるかな?君には選択肢がないんだよ」
迷惑な話だとカツキは思った。しかしながら、パターンや規則性を一切無視した、一連の出来事に意味があるとしたら、父親のような人間が絡んでいてもおかしくない。
「もしかして、『生きたかったら、ついて来い』とでもいう気ですか?」
黙って従うのは悔しかった。年上の女性ではあるが、自分の事を子供扱いする言い方に、一応、抵抗の姿勢をカツキは見せておきたかった。
「死にたい人間に、そんな誘い方する訳ないじゃん」
「何を言っても無駄ってことですね」
今はカツキにはわからない。かといって、知りたくもない。とにかく、今は彼女に従うしかないだろう。さもなければ、無駄な時間を過ごすことになる。
「今から出発するよ。もう誰にも会う事はできない。いいね?」
そうだろうな。そうカツキは思った。今更、父親の事を誰かに聞いたところで何も言わないだろう。もしかしたら、母親自身、本当に知っていることなどなかったのかもしれない。
「わかってますよ」
カツキがそう言うと、リサはカラカラと笑い、彼女が手配した車がタイミング良く到着したのだった。
【続く】
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!