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感情の整理            :超えられない壁

絶対的な孤独の感じというのは別れの事ではなくて、後悔の事だと思う。私は誰にも別れを告げなかった事を後悔している。その事が寂しさの原因だったのかもしれない。
一番後悔したのは、お姉ちゃんに何も言わなかった事。何も言えずに私は死んでしまった。そのお姉ちゃんが目の前にいて、私に声をかけてくれた。
「カエデ」
語尾が少し上がる感じで。ちょっとだけ疑問形なのだろうね。理由は不明瞭だけど、私は何となく気が抜けて、この空間の不自然さに気がついた。
そう。
私もトシヤさんも死んだはずだし、さっきまで私は水の中のようなところにいた筈だった。
空気がおいしい。
単純にそう思った。
もしかしたら、少しだけ前の私と、たった今の私は違うのかもしれない。寂しさは、後悔以外の思考を奪っていたけれども、私は自由になって他の事も考えられるようになったと願いたい。

「これってどういう事?どういう状況?」

当然だろうね。
そう聞くしかない。今の私には事実が何かという事が全くわかっていない。

「あぁよかった。カエデ。本当によかった。ほら。見える?」

「桜の花弁?」

太陽の光が眩しい昼間だったら気がつかなかったかもしれない。見上げた頭上に、無数の薄い花弁が仄かに光を放っていた。暗闇との対比が美しい。私は息をのんだ。

「お姉ちゃん。ごめんね。本当にごめんね。私、死んじゃったんだよ」

急に私の心の堰を切るように、感情があふれ出してきた。
嬉しいのか、悲しいのかわからない。
ただ、お姉ちゃんに甘えたかった。
叱って欲しかった。
昔のように。
私にはお姉ちゃんしかいなかったのだから。

「いいの。言わなきゃいけない事は沢山あるけど、もうどうしようもない事ばっかり。もう苦しまなくてもいいの」

せわしい私は、今の状況を理解したい。お姉ちゃんの近くにいる女の人達のことも、少し離れたところにいる子供のこと、一体何の集まりなのだろうか。
そう思った時に、鳩尾が冷たくなった。
「ケンイチ?」
私は怖がっているのかもしれない。まだ感情の整理ができていないから、感情に名前をつける事ができない。

つづく

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!