見出し画像

おとぼけ京〇人

 典子ちゃんの声が、耳に触れてしまうのではないかと思うほど、くっきりと受話器から響いてきた。俺は彼女に、あの日なんで「二人でどっかに行かへん?」と言ったのか、聞いてみたいと思った。
「えっ。そんな事、私言ってへんよ」
 聞いた俺が間違っていたのかもしれない。彼女には近づいてはいけないと俺は思った。
「でも、楽しかったわぁ」
 そこから先は聞きたくなかった。彼女の本音が透けて見えるようになったからだ。
「ほんで、何の用? そんな事を聞くために、わざわざ電話してきたんとちゃうやんなぁ?」
 電話をしたのは誘う為だったが、俺はその気がなくなっていた。どうやって電話を切ろうかと考えていた。
「いや。なんでもないねん。まぁまたみんなで飲みに行こな!」
「いやや。二人で会いたいわ」
 飲み会での振舞いと、今、電話で話している彼女が同じ人物だと思えなかった。ひかえ目な性格を装っていて、実は自信家。俺は自分のペースが崩されているのを自覚した。
「あかん?」
「今日は? この後、なにしとん?」
 関西を出てから、関西人に会うとそれだけで親近感を勝手に持っていた。典子ちゃんに対しても、同じような感じで惹かれているだけだと俺は自分に言い聞かせた。
「この後? せやなぁ。あっ。ごめん。すぐに折り返してもええ? ちょうど先生来はったわ。聞かなあかん事あんねん。また後でね!」
 その後、俺は電話をずっと握りしめていた。

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!