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包む一族 :300秒以内の物語

彼は僕の目を見て、首を縦に振りました。それに対して僕は「そんな事はないと思いますけど……」とぐちぐち言いました。彼は今度は首を横に振って、僕を奮い立たせるように「自由になるべきだ」と言ったのです。

僕達ふたりは同じ顔をしています。「俺達は同じなのだ」と彼は言いました。ディ・エヌ・エーが同じだと言うのです。それが何の事なのかよくわかりませんが、一族が同じ顔をしている事はおかしな事ではありません。

「オノザキは君を何だと言っていた?」
そういえば、僕には名前がありません。今までそれが普通だったので気にした事がありませんでした。
「何者でもありません。ただ、包む事だけに集中しろと言われています。言われなくても僕たちは『包む一族』なのですから、黙って包み続けています」
僕はため息を押し殺しながらそう答えたのです。オノザキというのは、いつも、右手の人さし指と中指の間にタバコをはさみ、胸をムカムカさせる臭いを放っている男の事です。ふんぞり返るような姿勢で、僕たちをただ見ているのでした。彼は『管理する一族』です。他にも『保管する一族』『積み込む一族』『積み下ろす一族』『届ける一族』があって、一緒に働いています。その中でオノザキは階級が上なので、名前があるのです。

「人は本来、自分がやりたい事をやるべきなのだ」また、彼は「そうでなければ、人は心から幸福を感ぜずにはいられない」とも言いました。しかし、僕はそんな事を考えた事がありませんでした。毎日やるべきことをやって、僕は満足していたのです。
「それが本当の幸せなのか?」
彼の言っている意味が僕にはわかりませんでした。僕にはやりたい事などありません。こうして毎日同じことをしていれば、毎日同じ生活ができるのです。それ以上の何を求めればいいのでしょうか?

「なぁ、ここを出て行かないか?」
彼がそう言った時でした。
僕たちと同じ顔の、年上の男が何人かやってきました。そして、彼を担いで車に乗せました。そのうちの一人だけが残って僕に話かけました。
「お前はあいつの言う事を信じるか?」
僕は突然の出来事に驚いていました。体の中の血が、急に活発になっていたのです。あまりにも活発になっていたので、噴水のように眼や鼻から溢れ出そうな感じがしました。怖くて何も言えなくて、ただ首を横に振るだけでした。
「それでいい。変な気はおこさない事だ。一族の仕事を失くしたくなかったらな」
そう言うと、残った一人も車に乗ってどこかに過ぎ去っていきました。
車の中の彼の声が聞こえました。
「自由の為に闘え!」
そんな事を言っていました。僕は耳を塞ぎました。
仕事が終わった僕は、家に帰る最中でした。なんとなく、僕は缶ビールを2本買って帰ろうと思いました。それで自分に問いかけました。「僕がしたい事ってこういう事なのかな」と。


おわり

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!