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タチバナさん

私は『2回目の私』として生きている訳ではない。ひっそりと息を潜めて、彼女を見守る事に専念してきた。それは、彼女を産んでくれた母の為でもあるし、もとより私が『表』に出られる術を知らなかったからだ。
彼女がまだ幼稚園に通っていた時に、私は一度『表』に出た事があった。これは推測なのだけど、彼女が弱っている時だけ『裏』の私が一時的に『表』に出られるのかもしれない。彼女が高熱でうなされていた時だった。
ふと匂いがわかったのだ。『裏』にいる時は匂いを感じられなかった。それで自分が『表』に来たと思った。しかし『表』にいたのは一瞬だけ。布団の暖かい匂いを嗅いだだけ。何も言葉を発しなかった。

私は今『表』にいる。
トシヤさんという青年の幽霊が視えたのは、偶然ではないのだろう。彼はサクラの恋人だった。

サクラとカエデ。

あの子達の姿を一目みたいと思って、私は『裏』にいた。
幼いあの子達を残した事が無念だった。
小学生になったあの子達の姿を見たかった。沢山褒めてあげたかった。
受験勉強をしているあの子達の夜食を作ったりしたかった。「頑張れ!」みたいなメモなんか添えたりして。
あの子達が家に恋人を連れてくる日を迎えたかった。うちの旦那さんがソワソワしているのを見たかった。
事故の事を恨むつもりはない。仕方ない事だ。ただあの子達の幸せを願っていた。
それなのに、サクラは生きていないという。

子供のトシヤ君が言うには、あの子達を自由にできる方法があるらしい。『表』の彼女には申し訳ないけれども、今だけは体を借りよう。
名乗る必要はない。サクラの元に私は行きたい。


続く




一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!