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にゃくいちさん

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自己喪失の恐怖  思い出したくない過去を、共有している李亜と明妃。二人は故郷である二本木を離れ、古都、嘉久でルームシェアをし、平穏を保ちながらも、どこか不安な影を感じていた。  …
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にゃくいちさん 序

 群青の空に、白い雲が斑に動いていた。山を切り開いた道を、黒色の車が二本木の港に向かって…

中島亮
3か月前
34

にゃくいちさん 一話

 幹線道路の喧騒とはよそに、諦らめかけた静けさが、アパートの廊下の片隅に転がっていた。戸…

中島亮
3か月前
14

にゃくいちさん 二話

 風が花弁を掃き去って、屋内の舗道に転がり込んでくる。舗道を歩くのは、家族か友達か恋人を…

中島亮
3か月前
9

にゃくいちさん 三話

 昼から夕方にかけての時間帯は、大きなスーツケースを転がす旅行者が駅ビルでは目立つ。李亜…

中島亮
3か月前
9

にゃくいちさん 四話

「俺さ、スマホを落としてさ、画面割れちゃったんだ」席に着いて注文をした後、春松は気分を変…

中島亮
3か月前
9

にゃくいちさん 五話

 頬に空気を溜めて、無感情のような鈍い声で「李亜ちゃん、石、もう積んだん?」と、黒目がち…

中島亮
3か月前
7

にゃくいちさん 六話

「お前こそ誰やねん! 」 「ちょっと!  人の話を聞いとる? 人の家に勝手に入ってきて、頭おかしいで、自分」と明妃が口を挟むと「はあ?  お前らこそ、人の話聞けや」と李亜はつっかかる。 「だから、あんた誰なの?」明妃は苛立ちを隠さない。 「ちょっと、二人とも黙れって」と弾左は二人の間に割って入る。 「明妃さ、お前さ、この部屋の契約者お前だけだよな?  違うの?」明妃は弾左の顔をまじまじと見た。そして「わたしだよ。本当に知らない。こんな人……」と呟いた。 「ちょ、なんやて?  

にゃくいちさん 七話

 音のない喧噪と呼ぶべきか、駅ビルの地下道で、無言の人々が流れを作っている。均一な速さの…

中島亮
3か月前
6

にゃくいちさん 八話

 李亜のスマートフォンから大音量のノイズが流れ出した。そのノイズは彼女の呼吸と重なる。走…

中島亮
3か月前
7

にゃくいちさん 九話

 深い青を通り越して、緑色をした波の立ち騒ぐ午後。風が凪いでから、気温は夏のような蒸し暑…

中島亮
3か月前
6

にゃくいちさん 十話

 あらゆる色彩の閃きが空間に溢れていて、そこは黄金の理想郷のようであった。船内に充満して…

中島亮
3か月前
6

にゃくいちさん 十一話

 李亜は部屋に戻ると、ベッドに飛び込んだ。そして、そのまま眠りにつこうとしたが、なかなか…

中島亮
3か月前
7

にゃくいちさん 十二話

 言いにくさを押し隠しているような乗務員の態度は、李亜の神経を逆撫でたようだ。彼女は嫌悪…

中島亮
3か月前
4

にゃくいちさん 十三話

 彼女は部屋に戻ると、すぐに浴室のドアを開けた。浴槽には赤、白、ピンク、黄と様々な色と形の違う薔薇の花弁が浮かべられていて、甘い花の香りと温かい蒸気が李亜を包んだ。 「はぁー」と彼女は大きな溜息をつく。浴槽に体を沈めたまま、両足を浴槽の外へ出し、李亜は足を組んだ。そして両手で両膝を押さえるようにしながら、天井を仰ぐ。今の待遇に対する逡巡が彼女の中にあるのか、自分の境遇を嘆いているのか、それはわからない。彼女の視線は天井を捉えているが、何かを見ているという感じではない。 「なん