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MCの基礎十ヶ条

【2827文字】

ライブの時にね、

曲を演奏して歌うのは当然なんだけど、それはなんか憑依というか、別人格が自動的にやってくれる事のような感じで、20年ライブをしていると(まだそんなもんか)演奏や歌で緊張するという事はもうほとんどない。問題はMCで、曲間で上手くMCが出来るのと出来なかったのとでは、それはもうメンタル面で次の演奏にどれだけ影響を及ぼすか皆さんは知らないでしょう。
 会場があったまってる場合はこちらも気持ちが楽になり、言葉もポンポン出てきてお客さんの反応も気持ちをグッと上げてくれるもんだが、反応の薄い客席程恐ろしいものはないのだ。MCもシドロモドロになれば冷ややかなな空気はステージ上で自呼吸さえ危うくさせる。自分で会場をあっためればよいのだが、有名バンドのライブなわけでもなく、別に我々を見に来ているお客さんだけでもない客席を温めるというのは、それはそれはなかなか難儀なものなのだ。

以前

偏脳侍(へんのうじ)というサムライぶったパンクポップバンドをやっていた事がある。衣装には「侍」の一字が大書してあるTシャツを欠かさず着ていた。その他見た目は特にサムライらしい扮装などはしていない。偏脳侍のライブはメンバーがステージに立ち先ず演奏より、第一声のMCより先に、伸ばした両手でそれぞれの楽器を水平に上げ奉るようにし、そのまま客席とメンバーに向けて恭しくも静々と一礼ずつしたあと「今宵、偏脳侍の合戦によくぞ加勢いただいた!かたじけない!では共にいざ参らん!」という口上を叫んでから1曲目を始めていた。ステージ上で静々と楽器を奉り、メンバーが互いに礼をしている時点で客席は少しざわつき、サムライ言葉の口上を聞いて「ああなるほど、そういう設定ね」と理解してもらえたらこっちのもんだ。要するにデーモン閣下のスピンオフである。ミサならぬ合戦なのである。客席のノリが良ければそれぞれが勝手に江戸時代の民へと変化してくれる。会場から女性の声で「お侍さま~!」と声がかかったり男性が慇懃(いんぎん)に「ひかえおろぅ~」と意味もなく叫んだりする。聞きかじったようなサムライ言葉や江戸長屋言葉が飛び交う戦場、いや会場は大変やりやすかったものだ。

現在は

もう特に何かになりきると言ったような事はしていないが、基本的には悪態をつくという方向性でやっている。といってもお客さんに悪態をつく訳にはなかなかいかないので、通常はバンドメンバーがターゲットの中心なのだが、場合によっては知り合いの他のバンドやその共演者らが標的になったりする。純正品の己が文句ばかり言うヤツなので、悪態をつくのに苦労は要らない。しかしこれは諸刃の刃で非常に危険でもある。真に受けられてしまえば一気に会場は凍り付き、どうにも再起は叶わなくなる。毒蝮三太夫を筆頭とするこの伝統的話術を習得するに至る技術を持っていないので、そろそろ限界を感じ始めているところなのだ。何か新たなMC 術を開発せねばと。

当時この

サムライぶったステージングのお陰で「ライブとは披露の場ではなく、相互疎通の場である」と遅まきながら確信したものだ。なのでCDやサブスクの宣伝、次のライブ告知の他、今でも予めMCネタなどは用意しておかない。なまじ用意周到にMCを準備しておけばイメージした空気感と、実際のライブ会場の空気の差異で自ら客席を冷やしに行くようなものなのだ。普通は予習して準備万端にしておくのが良いように思うだろうが、MCもライブ、そしてライブは生き物、散々痛い目に遭って学んだ事は「用意周到なMCの準備などしてはならない」であった。準備した通りにならなかった時の慌てようったらないのだ。そんな事に焦らされるより、さっき起こった何でもないけど気になる出来事や、その場に居合わせないと分かち合えないような話題の方が客席も親近感を持ちやすい。「この会場って~~~ではありませんか?」とか、席を適当に指さして「今この辺りから聞こえてきました」とか疑問符や人特定を絡めて話しかけるようにする。会場を巻き込んでいくのだ。この方法は一定の効果を安定的にもたらすので満足しているが、それでも上手くいかないのがライブの恐ろしい所。自らが経験し築き上げ大発見したと思っていたこれらのことは、MCの基礎中の基礎に過ぎないのだった。

ステージ上で

これ以上痛い思いをしたくないという切実な思いで、YouTubeで勉強しようと有名どころを見てみるが、なぜ演者のこのMCで会場がこんなに盛り上がっているのかが分からない。ファンというのは有難いものだという教訓は賜ったが、本来の目的である「MC技術を探る」としては全く為にならなかった。その他MCの調子が良いと思っていた自身の過去のライブを再確認してみるが、これも思っていたほどのMCなんかではなく、調子が良いどころか久々に見て恥ずかしいやら腹立たしいやら、藪蛇状態で変に凹んでしまった。益々「こんな調子ではマズい!」という焦りしか湧いてこない。

それで思い付き

次にやってみたのが「下を見て暮らせ」戦法。自身のライブやこれまで観客として見ていて「あれは恥ずかしかった」と思ったMCをかたっぱしに思い起こし、それを箇条書きにして「MC禁じ手十ヶ条」なるものを作るのだ。そしてその十ヶ条が以下の通り。ただし「用意周到なMCの準備をしない」というのは当たり前の事としてここには含めていない。

【 MC禁じ手十ヶ条 】


1)照れない
2)誰かの真似をしてカッコつけない
3)ステージ上(メンバーと)だけに語りかけない
4)オフマイクで話すな
5)延々とネガティブな話題はしない
6)客より自分が先に笑わない
7)楽屋オチのネタはダメ
8)政治の話もダメ
9)多すぎる告知はダメ
10)無口にするなら変な間を作らない


これで行くと逆説として「MCのツボ十ヶ条」はこの様になる。

【 MCの基礎十ヶ条 】


1)堂々と
2)自分らしく
3)客席に向かって
4)しっかりオンマイクで
5)明るく
6)自己完結せず
7)皆で分かち合えるネタと
8)誰もがうなずける話を
9)ほんの少しの告知を織り交ぜ
10)話すなら話す 話さないなら演出を

となる。

完全に

当たってると思うが、やはりこれはMCの基礎でしかない。考えてみれば既出のサムライぶった偏脳侍のMCは、最低でもこの十ヶ条は難無くクリアし、更にサムライ言葉やサムライ演出を上乗せしているのだ。知らず知らずとはいえ天晴である。褒めてつかわす、良きに計らえ。

という事で

何も解決しなかったが、MCの基礎である「MCの基礎十ヶ条」までは紐解けたとしよう。この先は恐らく中級編になるのだろうが、そのとっかかりがせいぜいサムライぶるでは話にならない。道はまだまだ遠く長いのだ。少なくてもMCが苦手と思っている諸君はこの十ヶ条を心に是非やってみてくれたまえ。そして何かこれ以上のものに気付いたなら、是非とも私にその成す術を伝授頂こう。私もこれよりまたまだまだ精進いたす所存である。共にいざ参らん!さらばじゃっ!
(サムライ言葉は感染力強いな)