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オッサンとリモートと若人と

[2010文字]
昨年から新たに仕事として意識せざるを得なくなったのは、
人と直に「会わない」「話さない」「集まらない」という事で、
デスクに縛られるリモート的なタスクが増大した。
そういったことにもすっかり慣れて、
2020年はとりあえずなんとかやり過ごすことが出来た。

つい先日も新年早々初めましての人とリモート面談をした。
電話やメールでは何度かやり取りをしていた人だったが、
お顔を伺うのは今回のリモートが初めてだ。

リモートと言っても指定されたリンク先をクリックするだけ。
ドンと自分と相手の顔がPCの画面に映し出される。
これが何だか毎回それなりに緊張するのだが、
相手は思った以上に若く、仕事的には少し安心した。

ニコニコ挨拶しながらも瞬時に画面に映る背景を観察する。
ざっくりと先方の状況を伺うのだ。
背景の壁面は1DKぐらいの賃貸にありそうな壁だが、
天井が遥か上部にあるので、
恐らく床レベルに腰かけてのリモートだろう。
この季節なのでコタツの可能性は濃厚だ。
であればスーツにネクタイのバストショットだが、
きっと下半身はスエットパンツだ。
大きな会社なので在宅勤務中に違いない。

聞けば今年度の新卒だそうだから23~4歳という若さだ。
当然ながらそんな若者とPCに並んで映し出されれば、
顔の肌艶や張り具合は歴然としている。
我が子より若くてもおかしくない相手なのだから、
当たり前と言えば当たり前だが、
しばらくPCに浮かぶ2つの雁首を対比し、
脅威をもって眺めつつ話を聞いていた。
歳取ったなぁと。

通り一辺倒な資料を交えた営業の話を聞き終え、
質問や雑談を交えながら先方の本意を探る。
こちらとしてはこれが本筋、面談の目的である。
担当者の脇の甘いところや切れ味の良い所を見極めつつ、
今後の取引材料にしていく。
その点相手はまだ新卒、楽勝だ。

青年は昨年春に大学を卒業し目出度くその企業に入社したという。
2020年春は新型コロナで世界中がパンデミック騒ぎになった頃だ。
東京本社ではなく大阪支社に配属にはなったものの、
出社はほぼなく、入社以来ずっと在宅勤務なんだそうだ。
なので同僚も上司もお客さんも全員PCの中での交流だけらしい。
「なんか仕事というゲームをしてるみたいなんですよ」という。
PCの中だけで無駄話もなく、当然飲みにも行けないし、
仲のいい同僚なんてのも出来る要素さえないそうだ。
「その代わり嫌いな人もいませんけどね」
と顔を明るくして見せる。

ここまで聞いてすっかり同情してしまった。
いや、同情とは違うか。
ともあれ想像と違った社会人生活だろうけど、
30年も経てば若い連中に、
「いあやぁ俺らコロナ世代はリモートの走りよ」
とかなんとか今後も威勢よくやってもらいたい。
ひょっとしたら感染症に振り回されるのは、
これが最後じゃないかも知れないから、
これをいい意味でよく経験して対処し、
今後の仕事に生かしてもらいたい。

と思いながらPCの雁首2つを見ていると、
小うるさいオヤジの小言を、
我慢して聞いている青年にしか見えなくなってくる。
実際はそんな事は何にも言っては無いのだけど、
見も知らぬオッサンと話するのだから、
それだけでもきっと相当メンドクサイだろうなと思う。
ともあれこちらがそんな事を思った時点で、
やはりオヤジはオヤジだよなと。

青年は画面の中で「リモート仕事しか知らないんですけど」
と言ってから、
「休憩は自分のベッドに寝ころべるし気兼ねもないんですが、
これしか知らないまま出社していいとなった時を、
今からビビりながら待機してる感じです」
そうかそうか、大丈夫だそんな心配は要らないぞ。
社会人とはいえ生身の人間はもっと温度があるものだ。
大企業だしきっと自宅より仕事環境も良いだろう。
そこでいい人と出会ったりして家庭だって築くかもしれない。
大丈夫大丈夫!!
ウチと契約を結べた暁には君の手柄にしたまえ。

青年とのリモートが終わってふと思い返すと、
ただ単にニコニコした人のいいオッサンで終わったなと。
…まてよ?
実際に呑み込まれていたのは青年ではなく、
こちらだったのかも知れない…と。
考えてみればだいぶん慣れたとはいえ、
こちらは週に数回程度のリモートである。
青年はこの10か月間ずっと会社からの指示も、
何から何まですべてをリモートで仕事している。、
リモートしか知らないという事はすなわち、
明らかにリモート巧者ではないか。
何処をどうくすぐればこの手のオッサンがほどけるか、
よーく分かってのリモートだったのではないか。
カメラの角度から光の具合、
リモートしか知らない新卒といった会話など、
わざと油断を見せたのであれば君は相当のやり手だ。
そう思えば思う程喰われた感が増すのだった。
が、どこか頼もしくもあり。

「リモート」ってのは「遠隔」という意味だろう。
なあにもう数年したらオッサンは遠くに行く。
リモートワークじゃなくリモートライフだ。
君がこの年齢になる頃こっちは「リモート成仏」だし。
こんな世だ、後は任せた。