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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第29話 「誠意」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
イサベル・スズキ:小学校時代のベラス・カンデラの恩師。ペルー🇵🇪日系女性。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 元課長で舞の上司。イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿1部リーグ所属 チェルシーFC エージェントスタッフ。
エウセビオ・デ・マルセリス:元イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿プレミアリーグ2チェルシーFC.リザーブ所属。CF登録。
エマ・ファニング:世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』敏腕女性編集長。その誤りの無い精密な仕事ぶりから『プレシジャンヌ・ファニング』と呼ばれる。
ジャン・ミシェル・オラス:フランス🇫🇷実業家。フランス🇫🇷リーグ・アン所属オリンピック・リヨン 会長。
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ:母国ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コーディネーター。現役時代、ブラジル代表として活躍、直接フリーキックによるゴール数77本の歴代最多記録を保持する。
仁科 智徳:ベラス・カンデラが通う柔道場館長。
ベラス・カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マリーナ・グラノフスカイア:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿1部リーグ所属 チェルシーFCのテクニカルディレクター。フロント主導の移籍交渉と選手契約を担うロシア人女性。舞台裏では、その商談スキルから「プレミア最大の影響力を持つ女性」と呼ばれる。
ルイス・テスティーノ:ベラス・カンデラの専属代理人。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。通称D.D。
パク・ホシ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CMF登録。金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。今の韓流スターとはかけ離れた厳つい表情を本人は気にしている。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ。ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。

☆ジャケット:ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズの観客席に現れたマリーナ・グラノフスカイア
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第29話「誠意」

「ほら!舞、早くーー!!」
「ちょっと、待ってて!」
イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター 北条 舞は、ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズのクラブハウスに、案内役となった現地のストリートチルドレンの少年 アベルとイバンと共に訪れていた。
「すみません、本日もご迷惑を御掛け致します。」
「いえ・・お気を付けて。」
舞は運転をしてくれた、グリフ警備保障南米支部 支部長のディディエ・ラゴールと部下のイニゴ・モレーノに会釈をすると、2人の元へと駆けて行った。モレーノが駆ける舞の後ろ姿を見て"ピュー♬"と口笛を鳴らした。
「礼儀正しく律儀だ、それに昨日も帰りにお土産までくれましたからね、容姿端麗で良い女だ。」
「おい!忘れたのか?」
「え?何です?」
ラゴールが上目遣いでモレーノを見た。
「会長の女だぞ。」
「まあ、見るだけなら"無料"ということで。」
「フン!」
ラゴールは、鼻で笑うと周囲を見渡した。
「特に自分は感じませんが?ラゴール支部長は、感じますか?」
「気を緩めるなよ!一瞬の勝負だ。」
「あ・・はい。」
周囲を睨み付け、低く呟いた言葉にモレーノは気を引き締めた。
「遅いよ〜〜!!」
「ゴメン、ゴメン!さ、行こうか・・えーと・・」
「こっちみたいだぜ?」
アベルが舞の服の袖を引っ張り、案内板を指差した。
「うん、ありがとう。」
舞は両脇にアベルとイバンの2人を供え、練習場であるクラブハウスへと足を踏み入れた。
「すみません・・」
「はい?」
受付の窓から声を掛けた舞に、中から恰幅の良い男性が応対した。
「本日、見学の予約で訪問した北条と申します。カンデラ選手代理人のルイス・テスティーノさんと待ち合わせしてるのですが、いらしてますでしょうか?」
「来てますが・・接客中ですよ?」
「接客中?そうなんですか?」
舞は、肩を落として周囲を見渡した。
「そのまま通路に沿ってお入り下さい。観客席はフリーとなってますので御自由にどうぞ。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
舞は笑顔で応えたが、内心は複雑であった。如何やら大クラブのスカウトが来ているのだろうか?それが推測されたことで彼女は唇を引き締め、通路の先を見つめた。やがて彼女はアベルとイバンを促して通路を進んだのだが、中央辺りでアベルが立止まり周囲に目を配った。
「どうしたの?」
舞の呼び掛けに彼は、周囲を見渡して聴こえる練習中の声に耳を向けたまま答えた。
「スゲェよ・・俺達、スポルト・ボーイズのクラブハウスに居るんだぜ?こんな事、想像すらした事がなかったよ。」
「そう?」
「ああ。奇跡だよな?」
イバンも、笑顔で相槌を打った。
「舞・・ありがとな。」
驚いたことに、アベルが舞に御礼を述べた。
「ばーか!」
「え?」
「こんな事ぐらいで、驚かないの。私はあなた達に、もっと!もぉ〜っと!!期待してるんだからね?」
「マジか・・」
「さぁ、行くわよ!」
舞は先頭を切って通路から出ると目前にスポルト・ボーイズの選手達がグラウンドで練習しているのを見つけた。
「うわぁ!やってるじゃん!?」
イバンはそう言うと周囲の観客席に居る人を見渡してから、舞の顔を見た。
「あそこの空いてる席・・あそこにしようか?」
舞が周囲を見渡して練習風景を観るのに最適!と思った場所を見つけるとイバンが先頭を行く途中にグラウンドを指差して声を上げた。
「舞、ベラスだ!」
舞とアベルは、イバンの声を受けグラウンドに視線を移すとそこに、柔軟体操中のベラスが居た。入念に腰回りのストレッチを行っている様だ。舞は通路を歩きながらアベルに問い掛ける。
「アベル、貴方は一流と二流の選手を如何やって見分ける?」
「一流と二流?え、如何かな?改めて考えると即答出来ないけど・・。」
アベルらしいストレートな物言いに、舞から笑みが溢れた。
「1つ言えることは、怪我をしないことね。どんなに強い選手でも怪我をし易ければ、意味がないもの。」
「"一流は怪我をしない"そういうこと?」
「う〜ん・・と言うより、怪我をしない様に努力をしてる、かな。」
イバンが先に座って舞とアベルを迎えると、彼の隣に座った舞が横に座ったアベルに話続けた。
「一流選手はねぇ、ストレッチなど体のケアを怠らないの。怪我をしないための準備を一流と呼ばれる選手達は、誰よりもグラウンドに早く来てストレッチなどを必然的に、それも入念に行うわね。早めに来て如何に怪我をしないための準備をするのか、そして今の自分の身体としっかり向き合って限界を感じとるのよ。」
「自分の身体と向き合うって?」
イバンも目を丸くして聞いて来た。彼女はイバンに身体を向けて話し続けた。
「腰が悪いと自分で分かっているとするじゃない?そうしたら、早く来て体のケアを入念にするべきなのよ。怪我しないためにはね、それ相応の準備をしなければいけない。でなければ、無理な体勢でボールを蹴ること、受けることが多いスポーツだもの、怪我が起こるのは当たり前だわ。」
「限界を予測し、無理はすべきでないと?」
アベルが舞の顔を見つめて問い掛けた。
「ううん、そうじゃないわ。無理はする必要があるの。だって、昨日の自分を越えなければいけないんだもの。常に自分の身体と対話して、判断の上書き、修正を行わなきゃね。だから、準備というのは大切でしょ?いきなり運動したりしたら、肉離れだって起こす可能性があるんだから。」
「そう言う意味では、ベラスは期待が持てるの?」
「それも含めて観ているわ。」
「ふ〜ん。」
イバンは何となく納得といった感じでグラウンドに視線を移した。
「舞、ジュニーニョに連絡しなくていいの?」
「あ、そうだ。ありがとう、イバン。」
舞はイバンに御礼を言うと、スマホを取り出して
ジュニーニョ・ペルナンブカーノに今居る席を報告した。昨日における柔道場での一件で、もう、すっかり仲良くなり、舞!ジュニーニョ!と呼ぶようになってしまった。アベルはといえば、もう、鋭い視線をベラスに向けている。舞は彼を見て笑みを浮かべると再びグラウンドでストレッチを続けるベラスを見た、とイバンが問い掛けてきた。
「アップ、してない奴等も多くね?」
「え?あ・・う〜ん、そうみたいね。」
舞は思わず苦笑して答えた。感覚でプレイする南米選手にはよくあることだと言えよう。そう言う意味でもベラスのストイックさは、彼女の好みであったのだが、それを思った彼女は昨日の柔道場でのことを、思い出していた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ぼ、僕の、の、お、お、おと、弟は・・き、きん、近所の、ギャ、ギャン・・ギャング、た、達の・こ、こう、抗争に、ま、まき、巻き込、ま、まれ、て、こ、ころ、殺され・・たんだ。」
ベラスの言葉は、舞の心に刺さった。悔しさを滲ませる彼の表情は、回想すると言う様な生易しいものではなかった。実の弟を殺された?それが表す劣悪な環境を彼女は恨んだ。
「ごめんなさい、ベラス選手。すみませんでした。」
舞はそう言うと、丁寧に深々と頭を下げた。周りの視線が彼女に注目していた。
「弟さんがそんなことに・・いや、ベラス君、私からも謝罪させてくれないか、すまなかった。」
居合わせていたブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コーディネーター ジュニーニョ・ペルナンブカーノも、ベラスへ同様に頭を下げた。アベルとイバンは、渋い顔をして成り行きを観ていた。2人にとっては身近な事であり、幾度も目の当たりにしてきたことだ。その暴力と言う名のギャング達による勢力抗争は、地域住民達を巻き込み人々を見えない恐怖に落とし込んでいた。彼等2人もその渦中にあり、恐怖から従うしかないのだ。だが、目の前に居るこの柔道着を着た青年の考え方は違っていた。家族を守るために闘わなければいけないのだと・・。
やがて、柔道場を辞した舞達一行とペルナンブカーノは、自分達を待つ車へと向かっていた。アベルとイバンが黙ったまま歩いて舞に従って歩いていた時、突如、彼女が声を掛けた。
「ねえ?アベル、イバン、聞いて欲しいことがあるの。」
舞の問い掛けに、アベルとイバンだけでなくペルナンブカーノも振り返った。
「なに?」
アベルが、ポケットに手を入れたまま問い返した。
「ベラスが家族を守るためにとった行動、貴方達はどう思ったの?」
「どう・・て・・、分からないよ。」
イバンが俯いたまま舞の横に並び、彼女の顔を見上げて答えた。
「きっと、彼は幼い心で必死に考えたんだわ。頼る者もなく、愛する人達を守るのにはどうするべきなのか?でもね、力でそれを抑えようとすると、そこに歪みが生じてしまう。それは恰も、更なる強い力を生む様にね。」
「でも、そうするしかなかった?そうなんだろ?」
「アベル、それは違うわ。ベラスは守るために柔道を使う、そのために鍛えているのよ。決して強くなって力で抑えようとしているのではなくて、相手を往なすためにだと思うわ。でも、中にはそれさえも良く思わない者達もいる、きっとね。彼の力を超えたいと思う者や妬む者まで現れると思うの。そんな時、支えてくれる仲間が側に居てくれたら、彼は楽になれるんじゃないかな?1人ではない、そう思えるからこそ。だから、2人にも彼と仲良くなって貰えると嬉しいな。」
「そんな、俺達がサッカー選手⚽️と仲良くなるなんて無理だよ、なあ?」
イバンがアベルを観ると、彼は正面をただ見つめていた。
「そういう事・・でしたか。」
前を俯き加減で歩くペルナンブカーノが、突然呟いたためアベルとイバンが彼を見た。
「2人は、貴女が期待するだけの人物となり得ますかね?わざわざ面倒を見てあげる、その意味は?」
舞はペルナンブカーノの斜め後ろを歩きながら口元に笑みを浮かべ、やがてペルナンブカーノを見て答えた。
「そうですね・・何故?う〜ん、正直、上手く答えられません。」
「え?」
「でも、私は2人が好きです。だから、期待してますよ。今、2人は生活環境を変えるチャンスなんです。決して、このチャンスを逃して欲しくはありません。」
イバンは俯くと、歯を噛み締め涙を我慢し、アベルはまだ正面を見つめていたが、やがて、空を見つめてしまった。そんな2人の耳に、舞の言葉が染み渡ったのだろうか?
「今回、2人には学ぶべき帰結がベラスの決意から見えた"自立性"にあると思ってます。そして、人同士支え合い・助け合うことにより関係を構築していくことの重要性と言うものも分かって欲しいと思います。」
「それを、貴女が導く?何故?」
遂にペルナンブカーノが脚を止めて舞を見たのだが、彼女は歩を進めて答えた。
「"強くなって欲しい"それだけなんです。」
「それは、決して身体的にではなくだね?」
「ええ。でも、身体を強くすること自体は、必要ですからね。でも、"人として心も強くなって欲しい"そう感じてます。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(人として強くなる・・か。)
アベルは、グラウンドでアップし続けるベラスを観ながら心で呟いていた。心の奥底に感じる"もやもや"した、この感情が一体何なのか?彼に問い掛ける様に感じるプレッシャーが何を表しているのか?まだ、この時は理解出来ていなかった。ただ、ベラスにあって自分に無いものを、彼は必死に探していた。
「こちらで、如何でしょうか?」
「Gracias(ありがとう)。」
アベルは背後で聴こえた声に反応し、思わず振り返って見た。其処には長い黒髪にサングラス姿のエキゾチックな美女が白いパンツスーツで脚を組んで座っていた。彼女の両脇に2人、1人はハンディタイプのビデオカメラを取り出し撮影準備をしている黒髪のアジア人女性、もう一方は中央の女性に必死に説明しているスポルト・ボーイズ関係者の様だ。と、アベルはサングラスの女性に笑顔で手を振られ、慌てて前を向いた。
「あの赤いビブスの28番、彼がベラス・カンデラです。うちでは、まだ16歳の彼ですが試合に出ると走り回ったキロ数は尋常なものではないんです。中盤で無尽蔵のスタミナを誇り、スポルト・ボーイズのチームに欠かせない存在になりました。バランサーとしてチームに規律を与え、ボールを奪い返しチームメイトとの連携を取るためのポジション取り、球際の強さ=デュエルに長けているんです。」
「まだ16歳でしょ?誇張し過ぎでわ?」
「そちらのプレミアリーグに比べれば、うちのリーグはかなりレベルが低いと言わざる負えないでしょうが、しかし、それを見越してもベラスの活躍を評価出来るのです。チームのため、彼のため、是非、世界最高のチームで彼を輝かしてあげたい!そう思うのです。」
「ふ〜ん・・ねぇ、ユリ。ちゃんと録ってる?」
「はい、大丈夫です。」
「そう・・ねぇ、テスティーノ、彼には良いコーチングは出来ているのかしら?」
「と、言われますと?」
「まだ16歳でしょ?これからの選手なんだから、しっかり育成しなければいけないわよね?」
「なるほど・・それに関しては、気に掛けているとでも言わせてもらいましょうか。そう言う意味では、育て甲斐があると認識して貰えると有難いのですが?」
「微妙な言い方。育て甲斐ねぇ・・。」
「グラノフスカイアさん、チェルシーFCは随一にMFを育成・起用するのが非常に上手いチームです。ベラスもその1人となり、チームに恩を返せると思います。」
「彼が、ランプス(フランク・ランパード)、マカ(クロード・マケレレ・サンダ)、カンテ(エンゴロ・カンテ)の様に?随分と評価が高いわね。」
サングラス女性の声がワントーン下がった様だ。
「あ、いえ・・その、ベラスなら努力して憧れの選手達の様になりたい!と、そう言うはずでして・・」
「努力してなれればね。」
「・・」
説明していた男性が、黙ってしまったようだ。
(そっか・・チェルシーFCだ。)
舞は背後で行われていたやり取りを聞いていて、確信した。グラノフスカイアと呼ばれた女性は、間違いない!イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿1部リーグ所属 チェルシーFCのテクニカルディレクター マリーナ・グラノフスカイアだ。フロント主導の移籍交渉と選手契約を担うロシア人女性で、舞台裏ではその商談スキルから『プレミア最大の影響力を持つ女性』と呼ばれている。男性は、舞が案内して貰う予定で待合わせしていたベラスの代理人 ルイス・テスティーノだろう。だが、彼女が振り向きたくない1番の理由が、もう1人の女性だった。考えたくないが、忘れられない声・・そんな舞が、スマホでホルヘに連絡を入れていた時だった。隣に居たイバンが、いきなり立ち上がりグラノフスカイアに言ったのである。
「ベラスのストイックさは、ピカイチだぜ!知らないだろ?」
とんでもないタイミングでイバンが声を上げたことに対し、舞とアベルは目を丸くして彼を見上げた。
「へぇ、ストイックなの、彼?どんな所が?」
「家族のために強くなるんだって、柔道をやってるんだよ。」
「柔道?・・今もなの?」
「そう!昨日なんか、道場の日本人館長さんを投げ飛ばしたんだぜ!!なぁ、舞?」
「まい?・・舞!??」
胸を張るイバンが遂に舞に話を振って来た、その瞬間、ユリと呼ばれた女性がカメラ片手に思わず立ち上がったのを、グラノフスカイアが上目遣いで声を掛ける。
「知り合い?」
「あ、はい。取り乱して、申し訳ございません。・・元部下です。」
「ロンドン時代の?」
「はい。」
「へぇ・・貴女が、あの噂の北条 舞さん?」
「・・初めまして。」
舞は立ち上がりグラノスカイアに身体を向けると丁寧なお辞儀をしたのだが、その姿を見た彼女の右眉が上がった。
「ふ〜ん・・そう。エマと、ここに居るユリから話は聞いていたわ。まさか、ペルー🇵🇪で貴女に逢うとはねぇ。」
「エマさんですか・・あ!ファニング編集長?」
「そうよ。あの、サッカー誌『エンペラー・オブ・サッカー』の女性編集長。その、彼女から聞いていたわ。」
今日は厄日だろうか?そう思わずにはいられない舞だった。とんでもない日になった、エマ・ファニングと言えばエーリッヒ・ラルフマン監督就任記者会見で彼、徹さんに抱き付き、そしてキスをした憎っくき(?)女性だ・・人前で何て事を!まったく、もう!!で、サッカー界でも著名な『プレミア最大の影響力を持つ女性』が知り合い!?まあ、当然であろうか。グラノスカイアの隣で案内役の舞との約束を破ったテスティーノが、仕切りに頭を掻いて困惑しているようだった。ユリはと言えばその表情に驚きと違う他の感情を持っている様に見えた。そんな2人などまるで意に介せず、脚を組んだまま前屈みになり肘を腿に付いた姿勢のグラノスカイアが声を掛けて来た。
「両隣の子、ベラス選手のお友達なの?」
「俺らは、舞のボディーガードさ。」
「は?ボディーガード・・貴方達が?Really?」
イバンが胸を張って答えた事に、グラノスカイアは身体を起こすと手を広げ大仰に驚いてみせた。
「アベルとイバン、2人はビジネスパートナーであり、私の大切な友人です。」
「え、その2人が・・ビジネスパートナー?舞さん・・貴女、何を考えてるの?お遊びで来てるんじゃないのよ?」
「ユリ、そろそろ座りなさい。」
「あ・・はい、すみません。」
グラノスカイアがイライラした口調でユリに声を掛け座らせると、イバンに問い掛けて来た。
「ねぇ、キミ・・イバン君でいい?」
「イバンでいいよ。」
「ありがとう、イバン。昨日、ベラス選手が柔道場で柔道の練習をしているのを貴方は観たのよね?」
「うん、見たよ。舞とアベルも観た。」
「そう・・彼は何故、柔道を?」
「それは・・」
「イバン!」
「え?」
イバンがグラノスカイアに答えようとした瞬間、アベルがグラウンドを観たまま止めた。それは、かなり強い口調だったため、イバンは舞の顔を伺ってきた。舞は、アベルに視線を送り真意を見定めると小さく"ありがとう"と彼に言ってから、次に優しくイバンの肩に触れて微笑むとグラノスカイアに向いて話し始めた。
「彼は、強くなりたいそうです。その為に柔道をしていると、そう言ってました。」
「強くなるために柔道を?サッカー⚽️は、二の次なのかしら?」
「あ!いや、それは違います!!」
テスティーノが慌てて会話に入り、舞の言葉を遮って来た。彼は、まさか舞が昨日、柔道場に行っていると思わなかった。それどころか、ベラスと話したと聞かされて動揺したのだ。吃音症のあるベラスがまさか初対面の、しかもアジア人女性に心を開くなどと考えもしなかったのだ。代理人を務めるテスティーノは初めてベラスを観た時、彼の活躍を確信した。それは南米市場で代理人として選手を斡旋する立場を考えると、彼とはまさに奇跡的な出逢いであった。だが、彼は分かっていない。何故ならベラスが舞を信頼したのには、明確な理由があったからだ。それは、彼が知る現地のストリートチルドレンとかけ離れた2人の少年を連れ、彼の恩師であるイザベル・スズキ先生から信頼され案内を受けて来たこと。それに彼女の好奇心にも参った要素だ。柔道を強くなる必要を感じ学んでいるいるのだが、それを誰もが怪我を危ぶみ、辞めることを勧めて来た。なのに彼女は柔道の投げ技がキックモーションの糧になるのでは?とか、軸脚が重要なのか?とか、褒めること、前向きなことを聞いて来てベラスの思いを受け止めてくれたのだ。
「何が違うの?舞さん、柔道を強くなるためにしている彼は、サッカー⚽️を何故しているのかしら?」
「貴女は、どう思われますか?」
「?」
「グラノスカイアさんは、何故サッカー業界に?」
グラノスカイアは観客席の背もたれに寄り掛かると、口元に笑みを浮かべて舞を見降ろした。
(なるほどね・・会話を楽しんでるわ、この娘。)
「舞さん!今はベラス選手のことを聞いているのよ、ディレクターには関係ないわ!」
「そうでしょうか?」
「何ですって!?」
ユリが舞の返事を聞き、眉間に皺を寄せて問い返したのだが、そんなユリには見向きもせずにグラノスカイアは、舞の出方を待っていた。微笑を浮かべて誘っているかのように。
「舞、来たぜ。」
会話に参加せず、ひたすらグラウンドを観ていたアベルが舞に呟いた。舞が通路の先へと目線を移すと、アベル以外の皆も顔を向けた。
「あ!ジュニーニョさん!!」
「いや〜、参ったよ!悪いね、遅くなった。」
「本当だよ!ベラスはもう、練習してるよ?」
「だよな?すまなかった。」
ジュニーニョ・ペルナンブカーノが、待ち合わせに遅れて到着したのだが、イバンが待ってましたと鼻を膨らまして弄って来たのだ。
「やあ、舞、遅くなったね。申し訳ない。」
「いえ。それより、大事なくて良かったですね。」
「ああ、キミのおかげだよ。有り難う。」
「え、如何かしたの?」
ペルナンブカーノが、遅れたことを舞に謝罪すると、彼女はイバンが知らないことを言った。
「いや・・まあな。ん?知り合いかい?」
「驚いたわ!ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、ブラジル🇧🇷のレジェンドが何故?」
グラノスカイアは、サングラスを外して立ち上がるとペルナンブカーノに握手を求めた。
「これは、どうも。でも、今はしがないコメンテーターですよ。」
「そのコメンテーターさんが、ペルー🇵🇪のクラブを見学に?何故かしら?」
「貴女達と同じですよ。」
「同じ?」
「ベラス・カンデラに興味がありましてね。」
彼は嘘をついた。真の目的は舞の行動を観ることにある。分かっていた彼女は2人から視線を外すと、グラウンドに居るベラスを観た。グラノスカイアは、1人腰に手を当てて嘆息した。
「あの噂は、本当だったのね?」
「噂?」
「オリンピック・リヨンのスポーツ・ディレクター就任の話よ。」
これにはペルナンブカーノも思わず息を呑み、舞を見ると彼女は、振り返ると目を細め(ばーか)と言ってそうな顔をしていた。
「えーと・・否定しても、間に合いますかね?」
「本気で言ってるの?」
グラノスカイアが目を丸くしているのを見た彼は、思わず頭を掻いて誤魔化すしかなかった。
「ところで舞、こちらの女性は?」
「ジュニーニョさんにとって、最も強敵となるとっても著名な方ですよ。」
「え、著名?」
「チェルシーFCのテクニカル・ディレクター マリーナ・グラノスカイア氏です。」
「な、何!?あの、グラノスカイアさん?何だよ、変に取り繕った私が馬鹿みたいじゃないか!」
「噂通りの御仁ね(笑)」
「え?噂?私がですか?」
「ねぇ、舞さん?」
グラノスカイアが微笑んで、顎で舞に呼び掛けると舞は無言で口を開いた。
「"超がつく堅物"であり、母国ブラジル🇧🇷では『サンバが踊れないブラジル人』として著名ですもの。」
「おいおい、参ったな。お2人には、全く敵わないじゃないか!?俺。」
「そうだぜ・・怖いよ。」
「え?」
アベルがグラウンドを見つめたまま呟いたのをペルナンブカーノが聞き返すと、皆がアベルを見た。
「さっきから、探り合いの会話だからね。聞いていて冷や冷やするよ。」
「や〜ねぇ、アベル。」
「舞?」
「ん?な〜に?」
アベルがグラウンドを観たまま舞に声を掛けたので、彼女が屈んで彼の耳元に顔を寄せるとアベルは、顔を引きつつ聞き返した。
「あのトレーニングは、何?」
舞がアベルに言われるままグラウンドを観ると、ベラスがドリブルの練習をしていた。それはドリブル練習で、沢山の障害物を一定のスペースに適当に置いて、その間をすり抜けるようにドリブルする練習だった。
「ドリブル練習って、コーンを真っ直ぐに並べるんじゃないの?」
ベラスはゴールエリア等のスペースへ無造作に置かれた障害物を交わした後に、どのように動けば良いのかを意識するトレーニングをしている様だった。しかも、途中、他の選手、コーチが割って入って来るのもボールを小刻みにタッチしながらコントロールして交わしていた。
「意外に足下も熟しているね。もう少し直線的なダーディングドリブラータイプだと思ったんだが・・。」
ペルナンブカーノが、アベルの横に座り呟いた。
「彼の動画を観ると起点としてのカウンターシーンでしたが、或いはポゼッションを兼ねたビルドアップ、バイタル内の落ち着きも視野に入れているのでしょうか?」
「どうかな?何にせよ、ボールキープはビルドアップに欠かせないものだろ?」
「何か、違うんだ・・。」
「え?」
アベルの呟きに、舞が首を傾げて問い掛ける。
「どういうこと?」
「彼は、イメージトレーニングをしているんじゃないかな?」
そう言われて観ると、確かにベラスの動きが異質だった。偶にキックフェイントを織り交ぜ、ボール跨ぎのフェイントからターンする動作をしている。
「ジュニーニョさん、DF(ディフェンダー)としては嫌じゃない?脚を前に置かれると刈りに行きづらいよね?」
「腰を落として重心を下げ、それでも安定している。ボールキープして、相手DFを背負うことを想定しているだけではないよな・・。」
「膝と股関節の柔らかさに加えて、臀部の強さも相まってます。あの若さで、これ程のフィジカルは想像もつかないわ。」
舞、ジュニーニョ、アベルが食い入る様にベラスを観ているのをグラノスカイアが観ていたのだが、彼女がテスティーノに声を掛けると彼が頷き、その場を後にしたのをイバンが見ていた。
「何よ!」
ユリがカメラを構えながら、イバンを睨むと彼は慌てて舞に近寄った。
「ん?如何したの?」
「あのテスティーノって奴、グラノスカイアに言われて何処かへ行ったよ。」
「え?」
舞が辺りを見渡すと、テスティーノが通路を通ってグラウンドへと入るのが観えた。彼はピッチ内で腕組みをして選手達に声を掛けている男性に声を掛けた。スポルト・ボーイズの監督テディ・カルダーマである。
「貴女はここで、しっかりと頼むわね。」
「承知しました。」
グラノスカイアはユリにそう命令すると、テスティーノの後を追う様に通路を歩き始めた。
「グラノスカイアさん!」
突然、舞がグラノスカイアに声を掛けたため、周囲の皆が彼女を見た。舞は小走りに彼女の下に駆け寄った。
「あら?ごめんなさいね、私も彼と約束をしてたのよ。」
「いいえ、そのことではないんです。あのう・・後程なのですが少しお時間を頂けませんでしょうか?」
「私に?」
「はい。」
「まあ、少しなら時間は取れるけど・・。」
「本当ですか!?有り難うございます。」
舞が胸元で手を握り笑顔を見せると、グラノスカイアの顔にも思わず微笑みが宿った。
「時間が出来たら、其処に居るユリに声を掛けるけど、それでいいかしら?」
「はい、お待ちしてます。」
グラノスカイアは、口元に笑みを溢したままグラウンドへと向かって行った。
「良いのかね?あれは、完全な抜け駆けだぞ?」
ペルナンブカーノが、舞に眉を曇らせ忠告して来たが、彼女は"ニッコリ"微笑み彼を見た。
「いいんです。あれは、あれで。」
「どういう事だ?」
「それより、ベラスを見ましょうよ♬ねぇ、アベル、どう?」
舞は、ペルナンブカーノの気持ちをはぐらかしたまま、元の席に戻って見学し始めた。ペルナンブカーノとイバンが、互いに目が合うと2人は心配気にグラウンドのグラノスカイアとテディ・カルダーマ監督に目を移した。
「ねぇ、舞さん。貴女、本気でベラス・カンデラを獲得出来ると思っているの?」
突然、ユリが上段から嘲る様に煽ってきた。イバンが怪訝な顔をして舞を見る。
「欲しい・・その気持ちなら、誰にも負けないんですけどねぇ・・はぁ。」
舞が眉を歪め、ため息を吐いた。
「採れる訳ないでしょ!ウチはプレミアリーグの名門で、其方は3部リーグのチームじゃない。レベルが違い過ぎて、ホントに笑えるわ。」
「本当だ、大爆笑じゃん!」
アベルが"ゲラゲラ"と声を上げて笑ったため、ユリが怪訝な表情となり眉間に皺を寄せ彼を見た。
「悪かったわね、3部所属で。へーーんだ!」
舞が彼の肩を両手で揺すり、アベルと戯れあったためイバンも構ってもらおうと、彼女の腰の辺りにしがみつこうとした時、通路の先に人影を見つけて口を開いた。
「あれ?あ、舞!ホルヘとマルセリスが来たよ?」
「え、来たの?何処?」
舞が身体を起こして通路の先を見るとイバンの言う通り、舞の部下であるホルヘ・エステバンとプレミアリーグ2チェルシーFC.リザーブ所属のエウセビオ・デ・マルセリスが向かって来るのが見えた。
「ホルヘじゃない!?彼もここに?」
ユリの呟きが舞の背後から聞こえた。
(録画してるのに、結構・・喋るなぁ?)
舞は、思わず吹き出して笑いそうになるのを何とか堪えた。
「すみません、チーフ。お待たせしました。」
「ううん、突然ごめんね。」
「いえ、予想通り・・あれ?こちら?」
ホルヘが、アベルの横に居る男性を見て目を丸くした。
「あ、そっか!ホルヘはまだだったね?ジュニーニョ・ペルナンブカーノさん、リヨンのスポーツディレクターに就任内定だって。」
「お、おい舞、君までそれを言うのかね?」
「あ、すみませ〜〜ん(泣)」
慌ててペルナンブカーノが振り返って舞を見たので、彼女は泣き顔をし両手を合わせた。
「何だそりゃ!ざーとらしい。」
「えへへ♬」
アベルが、グラウンドを観ながら舞に突っ込み、彼女は頭を"コツン!"と右手の拳で叩いて舌を出して誤魔化した。ホルヘとマルセリスは、目の前にブラジル🇧🇷のレジェンド ペルナンブカーノが居ることに呆然としているのだが、舞は続けてマルセリスに声を掛けた。
「マルセリスさん、お待ちしてました。」
「はい。ところで、本当なんですか?グラノスカイアさんが此方に?」
「そうなの!奇跡的でしょ?私ね、持ってるんですよ、こういう運を、へへへ♬」
舞が自慢気に頭を掻いて顔を伏せると、アベルが再び口を開いた。
「役に立たない運ばかりだけどな。」
「もぉーー!何なのよぉ!!さっきから、この子ったらぁーー!!」
「痛ぇ、イテェーよ!」
「このこのこのーーー!」
「俺もーー!」
舞は、アベルを背後から被さる様に抱き締め再び戯れ始めたのだが、イバンも舞に抱き付いた。と、我に帰った舞が身体を起こしてマルセリスを見た。イバンは、彼女の腰に抱き付いたままだ。
「あ、すみません・・そこでなんですが、グラノスカイアさんから連絡を貰って、会うことになりましたので少しお待ち頂けますか?」
「分かりました、ここに一緒に居ても?」
「勿論、どうぞ。」
「失礼します。」
会釈をしたマルセリスに、ペルナンブカーノが話し掛けた。
「失礼ですが、貴方は?」
「自分ですか?元チェルシーFC.リザーブ所属のエウセビオ・デ・マルセリスと言います。」
「そうですか・・。」
何か思う所がある様で、ペルナンブカーノは黙ってしまった。
「チーフ、ちょっと・・宜しいですか?」
「なーに?」
ホルヘは、舞をその場から呼び出して離れた。
「どうしたの?」
「何故、ユリさんが?」
「あー、うん。どうやら、チェルシーなんだって、今。」
「チェルシーですか?彼女をよく拾いましたね?」
「気に入ったんじゃない?」
「何処をですか?」
「・・さあ?」
舞が、ホルヘに対して無表情で小首を傾げてみせた。
「それより、チーフ?」
「今のは、ついでなのね?」
「勿論ですよ・・で、報告なんですが把握出来たベラス・カンデラ獲得希望チームを報告しますと、
チェルシーFC、レアル・マドリード、レスター、
マインツ(1.FSVマインツ05)、グラナダFC他数チームに及ぶ様です。」
「凄いことになってるわね。ねぇ、他多数の根拠は?」
「チェルシーFC、レアル・マドリードの動向を把握した他チームが、敬遠し始めている様です。ベラスの市場価値も、上昇しているのが実情でして・・」
「え?無名選手が、上がったの?」
「はい。市場では、200万€(ユーロ:約2億5,367万8,336円相当)に到達する勢いだと、リサ、ジェイクより情報を得ました。」
「そう・・。」
16歳青年の価値としては信じられないことだが、この後、彼女はホルヘの耳を疑う様なことを言ったのである。
「ホルヘ、私は移籍金として4,570万€(約58億円)を準備することを会社に提案するわ。」
「な、何ですって!?」
ホルヘは思わず、素っ頓狂な大声を出してしまい自らの口を押さえた。ユリ、ペルナンブカーノ、アベル、イバンが振り返って見て来た。
「す、すみません。し、しかし、チーフ、それは幾らなんでも・・。その、比較対象は?」
「一昨年夏にレアル・マドリーがブラジル1部フラメンゴに所属する16歳のFWヴィニシウス・ジュニオールを完全移籍で獲得したでしょ?移籍金は4500万€(約56億3000万円)になったそうじゃない。」
「それを越えると?い、意味があるのですか?意地になってませんか?」
ホルヘは、周りに聞こえ無い様に声を落として話したのだが、その身振りは非常に激しいものだった。そんなホルヘに対し、舞はピッチ脇に居てベラスを観ているグラノスカイアを見つめて応えた。
「ここが、勝負時だと思うの。今のベラスは非常に安い買い物だわ。きっと、ウチに来て価値は更に上がるはず。だからこそ、誠意を見せないといけない・・ホルヘ、その誠意は何だと思う?」
「誠意・・ですか?とても混乱して、自分には思い浮かばない・・。」
「いい、ホルヘ?彼はね、チームを背負って移籍するの。そのチームに恥をかかせない為には、貴方は如何すべきだと思う?」
「え?それは、どういう意味ですか?」
「舞!」
イバンが舞を呼んだ。
「なーに?」
「この人が呼んでる。」
イバンがユリを指差して呼んでいるのだが、その時の彼女の頬が引き攣っているのを見て、彼女は必死に笑いを堪えたのだが、先程まで構えていたハンディカムを閉じていることに、目を瞬かせた。
「ユリさん、何でしょう?」
「グラノスカイアさんが、ピッチに来て欲しいそうよ。行きなさい!」
ユリが舞を手で"シッシ!"と掃く様に身振りをしたため、イバンが"むっ!"と口をへの字にして彼女を睨んだ。
「すみません、ありがとうございます。マルセリスさん、一緒に来てもらえますか?」
「じ、自分ですか?」
舞はマルセリスを見ると、微笑んで頷いた。其れを見た彼は一呼吸深くしてから、彼女の元に向かった。
「ホルヘ、ちょっと行って来るわね。」
「宜しく、お願いします・・あの、チーフ?」
「なーに?」
「さっきの話は・・?」
舞は自分の胸を手のひらで"ぽんぽん!"と叩くと、ウインクして🆗サインをした。ホルヘはグラノスカイアへと向かう、その颯爽と歩く後ろ姿の彼女を見て、この交渉の本当の意味をやっと理解出来た気がした。

第30話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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