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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第33話 「果断」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アリエン ロッベン:ドイツ🇩🇪1部ブンデスリーガ所属FCバイエルン・ミュンヘン選手。若い時から"エゴイスト"と呼ばれる程の積極的なプレイをする。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。ロンドン・ユナイテッドFCに入団するために動き始める。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルを守り凶弾に倒れた。
エウセビオ・デ・マルセリス:元イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿プレミアリーグ2チェルシーFC.リザーブ所属。CF登録。
エドウイン・オビエド:ペルー🇵🇪サッカー連盟会長。
クレト・アルカンタル:ペルー🇵🇪で舞が出会った火葬場職員。額が見事に後退し乱れたボサボサ髪で汚れた作業着を着ているが、生粋の職人。
セシリオ・ファン・レンソ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャー(総支配人)。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験があり、原澤会長とは戦友。
ディディエ・ラゴール:グリフ警備保障南米支部 支部長。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験がある。
バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。サッカーの試合中に大怪我を負って代表の夢を諦めた辛い過去を持ち、色白の顔に押し並べて目立つ真っ赤な唇と澄んだブルーの瞳が印象的な生粋の英国紳士で期待の若手。
ファウスティノ・ムニョス:ペルー🇵🇪のリマ警察ノンキャリア刑事。叩き上げで生粋のデカ。犯罪を憎み、権力者にさえ反発することも。重度のスポルト・ボーイズサポーターでもある。
マニヤ・ティーメ:難民収容所所長。ドイツ11部リーグ所属 ドイツサッカー連盟初 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03発起人。
モニカ・リベジェス:グリフ警備保障 南米支部所属。褐色肌で、エキゾチックな黒髪美人。人を下に見る時、やや、高圧的な処がある。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。通称D.D。
パク・ホシ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CMF登録。金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。今の韓流スターとはかけ離れた厳つい表情を本人は気にしている。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ。ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。

☆ジャケット:ミラフローレスのラルコ・マール海岸を飛ぶオナガハヤブサ
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第33話「果断」

「señorita(お嬢さん)!」
斎場の控室で待機していた舞を、扉を開けて職員のクレト・アルカンタルが呼びに来た。見事に後退した額が汗で黒くテカっていて、乱れたボサボサの髪が風体を汚らしく見せているが、その汚れた作業着は職人の生真面目さを物語っている。無意識に窓を見続けていた彼女は、呼ばれて立ち上がったのだが、自然と伸びた凛とした背筋と佇まいに、彼は息を呑んだ。
「あ、いや・・その・・終わったよ。いらっしゃい。」
舞は丁寧に会釈をすると、座っていた椅子を元の位置に戻して彼の後に続いた。アルカンタルの後に続いて歩いた彼女は、風に乗って漂う彼の体臭に思わず閉口しながらも何とかエントランスまで辿り着いた。
「今、開けるよ。」
そう言うとアルカンタルは、エントランスにある凝った造りの扉横のスイッチを押した。
"ゴゴゴゴゴ・・"
と鈍い音を立て扉が開くと、彼は中に入り扉を手動で開けた。
"ガッシャン!"
空いた扉から一瞬、熱気が漏れ、それを感じた舞は目を一瞬だけ細めた。アルカンタルは、壁際にあるストレッチャーを引っ張り出すと内部にある耐火台車に入れ込み、引っ張り出した。
「よっと!」
舞の前に灰の山が現れた。微かに白い骨の様なものが見える。
「終わったよ、お嬢さん。」
彼女は、アルカンタルの言葉にも呆然として返事が出来ないでいた。彼女が知っている火葬とは程遠い"物"が、其処にあった。
「どうかしたかね?」
「殆ど・・骨が残っていないんですね?」
「まあ、そうだねー。子供だしなぁ、仕方ないだろう、時間もないし。で、どうするね?」
彼女は口を閉じ近付くと、目を凝らして見た。灰の中には微かだか残火も見える。ペルー🇵🇪の火葬は日本🇯🇵と異なり、火力が強く調整幅が大きいようだ。骨を残そうとする火葬でないとしたら、微調整が出来るシステムは必要なく、当然、最大火力の火葬で短時間に済ますことになる。舞は、灰に埋もれる微かな骨を見て呟いていた。
「彼・・イバンを連れて帰りたいのですが?」
「連れて帰る?あー、と。骨壷かね?分かった入れてやろう。」
「すみません・・。」
アルカンタルは、白に黒十字が描かれた陶器製の骨壷を持って来ると、耐火台車の上にあるイバンの灰から大きめの骨を丁寧に選分けスコップで掬い入れ始めた。骨壷の淵から軽く灰が舞う。
「お嬢さんは、ペルー🇵🇪の人ではないね?」
突然、アルカンタルに声を掛けられた舞は、遅れて返事をした。
「あ・・はい。」
「まあ、そこまで白い肌をした女は、この国ではあまり見ないからね。」
「そう・・ですか。」
「この遺灰をアンタは、如何するつもりかね?」
「埋葬してあげたい、そう思ってますが?」
「埋葬して、墓参ができるのかね?」
「毎月は叶いませんが・・、それでも出来るだけ・・」
「やめておきなさい。」
「え?」
「放置された墓程、虚しいものはない。」
舞は、項垂れてしまった。イバンを1人にしたくない!可哀想・・などと自分にとって格好の良いこと、都合の良いことを言っているが実際のところは如何なのだろうか?彼女としても、ハッキリ言えることではなかった。
「この子も、お嬢さんにここまでして貰って感謝しているだろう。」
返事をしないで俯いている舞を見たアルカンタルは、骨壷に入り切らなかった遺灰を小瓶へと詰め始めた。
「実は私も独り身でね・・。」
「そうなんですか?」
「この仕事をしていると、自分が死んだ後は如何しようか?と考えるようになるんだよ。だーれも来ない墓に埋葬されるのは、きっと、虚しいもんだ。」
舞は寂しそうに微笑むアルカンタルの顔を、眺めていた。シワが深く刻まれた顔は浅黒く、実際の年齢より高く感じる。
「お嬢さん、海洋散骨してみるかい?」
「海洋・・散骨ですか?」
「ああ、此処に骨を分けておいたが、これくらいなら粉骨はサービスするよ、どうする?」
海洋散骨・・文字通り、海に遺灰を撒く供養だ。ペルー🇵🇪で近頃行われている供養で、日本🇯🇵ても行われている。
「『散骨するのに全てを海に還してしまうのは寂しい』『散骨の後も近くで偲びたい』と考えた場合のため、遺骨の一部を保管できるミニ骨壷や遺骨を納められるアクセサリーなどを扱う店も紹介出来るよ。如何するね?」
「いえ、この子のことを待っている親友も居ます。海洋散骨は・・。」
「そうかい。なら、必要になったら言ってくれ、協力しよう。」
彼はそう言うと、舞の目前にイバンの遺灰が入った骨壷と布に包まれた遺骨を木箱に纏め、別にイバンの遺灰が入った小瓶を置いた。
「お幾らでしょうか?」
舞がタイミングをみて、アルカンタルに問い掛けると彼は、それらに着いた灰を綺麗に拭き取りながら怪訝な顔をして見詰めて来た。
「おや?ムニョス刑事に聞いてないのかね?今回の火葬は、警察で持つそうだよ。滅多にないことだがね。」
「警察で・・ですか?」
「あの人が、身内の失態を謝罪する意味でそうしたのさ。ペルー🇵🇪警察にも、信頼出来る男は居るんだ。ただ、一部の輩が駄目なんだよ。」
舞は小瓶をバッグに入れ木箱を抱えると、アルカンタルに深く会釈をしてその場を辞した。
やがて、火葬場から憔悴し切った舞が、木箱を抱えて出て来るのを見たグリフ警備保障南米支部 支部長のディディエ・ラゴールは、彼女の前に歩を進めた。
「お疲れ様です、北条チーフ。車を向こうに止めてますので、どうぞ。」
「あのう・・ずっと、お待ちに?」
「お気になさらず、どうぞ。」
「すみません・・」
ラゴールは、そう言うと舞をエスコートし停めていた車の後部ドアを開けた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
彼女が乗り込むのを確認した彼は、ドアを締めると運転席へと廻り周囲を確認して乗り込んだ。
「どちらへ向かいます?」
「・・海へ。」
「海ですか?」
「はい・・海へ、お願いします。」
イバンの骨壷を抱え虚ろな瞳で外を眺めていた舞は、呟くようにそう言った。
「承知しました・・」
ラゴールはエンジンを始動させると、車を海へと向けた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
"コン!コン!"
「はい?」
入院していたアベルは病室のベッドに腰掛けテレビを観ていたが、扉を誰かがノックしたためテレビを消すと軽く返事をして入って来るのを待った。
「失礼するよ。」
病室へ入って来たのは銀髪のアジア人男性で、初めて見た人物に彼は眉を歪めた。病室のベッドに腰掛けていたアベルは、身体に緊張を感じて思わず姿勢を正した。
「ここ、良いかな?」
ベッドの横を指差すと、側にあった丸椅子を動かして彼は跨いで腰掛けた。アベルは目も合わせずに生唾を飲み込んで頷いた。
「突然、すまない。グリフグループの原澤という者だ。イバン君の件は、本当に残念だったね。」
「イバンのこと・・知ってるんですか?」
何故か敬語が、口を出た。
「まだ、ハッキリと彼女から聞いてはいないが、部下達から聞いた。」
「彼女?」
「北条チーフだ。」
アベルは、ここでハッキリと徹を見た。スーツを"ビシッ!"と纏い、ベストの胸元が盛り上がっている。自分を値踏みするかの様に鋭い眼光で正面から見据えられた彼は思わず視線を逸らした。彼は・・部下達とも言ったが。
「彼女は、キミに何を話したね?」
「何でですか?」
アベルは、舞と親しそうな徹に嫉妬を感じ敢えて無遠慮に尋ね返し、彼を冷めた視線で見つめた。
「仕事を部下に任せ、君とイバン君に彼女は掛かりっきりだ。で、キミに何を求めた?」
「何って・・舞は、俺に"ロンドン・ユナイテッドFCに来なさい。全ての面倒を私が見る"って言ってくれた。"俺に期待している"とも・・」
「そうか。」
徹はそう言うと立ち上がり、窓辺に行くとカーテンを開いて外を観た。アベルは口から出た言葉を反芻し、それが現実性の低い絵空事に感じ、急に不安感に苛まれた。
「彼女がキミに期待しているのならば、俺もその期待に応えなければならんな。」
「え?」
「その歳で、身寄りが居ないのは色々と困るだろう。当てはあるのか?」
「当て?ないよ・・そんなの。」
「なら、アベル君。もし、キミが良ければなんだが、私の友人が養子縁組を受け入れてくれるという・・どうかね?」
突然、現れた目の前の男によるいきなりの養子縁組の話にアベルは見るからに動揺した。
「お、俺みたいなストリートチルドレンを息子にしたいヤツが居るかよ!」
「彼女が言うのなら、信用すると?」
「そ、そう言うことじゃないよ!」
「どう言うことだ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!突然、現れていきなり過ぎるよ・・」
「決めるんだ。」
「!?」
振り返った徹による突然の口調に、アベルは思わず身体を引き攣らせた。逆光で徹の顔に陰影が浮かぶ。
「自らの行動如何で、歴史の歯車を動かせ!何もしなくても動くなら、自ら進んで変えてみろ。決して、他者を批判せずに己で選べ。そして、使えるものは親でも使う。そう言う意味ではワガママになっていい。」
徹は、再びアベルの前に腰掛けた。
「キミを受け入れてくれるのは私の旧友、セシリオ・ファン・レンソ。ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャー(総支配人)だ。知っているな?」
徹の睨む様な視線に、アベルは思わず頷いてしまった。舞と話していた、ホテルのマネージャーとしか覚えていない。ただ、自分にはなれない紳士、関係のない人物、そのイメージでしかなかった。
「彼は結婚しているが、子供が居ない穏やかな生活を奥様と育んでいる。そこに、初めてとなる養子縁組をお願いするのには少なからず抵抗はあったんだがな、イバン君が守り舞が見つけた"未来ある逸材"というキミを引き揚げるには、大人の介入こそが必要というものだ。そこに理解など求めるつもりはない。」
ある意味、一方的でパワハラ的物言いであるが、彼は言い切った。アベルは、そんな彼を改めて見つめ直すと口を開いた。
「アンタ・・俺が邪魔なのか?」
彼が身体を起こし大きく息を吸い、やがて強く吐き出すのを見たアベルは"しまった!?"と思った。感だ、不快にさせてしまったと。
「ま、舞が言っていたから・・その『貴方達とは一緒に住めない。付き合っている男性が居る』って・・」
アベルは言った後、顔を伏せて項垂れた。目の前に居る男からは、今まで知る誰よりも威圧感を感じる。キレている分けではない、そんな人物に対してどう向き合って良いのか分からないことに困惑した。
「私がキミを追い出したいと?」
アベルが頷いた。
「彼女が一緒に暮らせない、そう言ったのが事実でありチームに呼んでいるというのもまた事実ならば、私が出来るものはその後者と言える。男の出逢いは"意気に感ズ"というものだ、理由など要らん。」
「何・・それ?」
「《魏徴「述懐」》からだ。『人は他人の意気に感じて努力するものであり、金銭や名誉欲のためにするのではない。』というものだ。キミが私を見て、話を聞いてどう感じたのか、それ次第ということだ。」
「・・よ、よく、分かんないよ。」
素直なアベルの発言に、徹は口元に笑みを浮かべた。
「どうぞ。」
"コン・・!"
部屋の扉をノックする音に、徹が反応した。
「失礼致します・・」
扉を開けてグリフ警備保障 南米支部所属モニカ・リベジェスが、入って来た。
「会長、退院の手続きが完了致しました。」
「そうか・・ご苦労さん。」
アベルは口をあんぐりと開けたまま、入って来たモニカに見惚れた。ボリュームがありメリハリのあるボディーは"女体"と呼ぶに相応しい。舞の身体と比べるのは申し訳ないが、彼女は"華奢?"となるのだろうか?
「アベル君、退院だそうだ。行くとしよう。」
徹が立ち上がり丸椅子を元の位置に戻そうとしたところで、モニカが受け取り代わりに置くと屈んだことで豊満な胸の谷間が露になり、アベルは思わず覗いてしまったことで意識がズレた。そのため、徹の言葉に反応が遅れてしまった。
「え?・・今から?」
身体を起こしたモニカが、徹に話し掛けた。
「会長、北条チーフですがミラフローレスのラルコ・マールにあるヨットハーバーに居られるそうです。」
「ヨットハーバー?」
「はい、ラゴール支部長からの連絡です。」
徹は眉間に皺を寄せ一瞬考える素振りを見せたが、そのまま部屋の入り口へと向って行った。「あ、あの・・ちょっと!?」
アベルの呼び掛けに、彼は振り向いた。
「舞の所に行くの?」
「"舞さん"の所に"向かうのですか?"よ。」
モニカが、腕を組んでアベルを睨んだ。そのタイトスカートで軽く脚を開いたポーズが艶めかしい中に、女神の様な貫禄が感じられた。
「"舞・・さん"の所に・・」
「彼女は悩んでいる。」
「え?」
アベルはモニカに言われ、半ば強引に言い直そうと務めたのだが、済んでのところで徹が口を開いた。それも前を向いたまま。
「キミが、解放してやれ。」
「解放?」
「彼女には、彼女の人生があるということだ。」
「それは舞にとって"俺達"が邪魔だと・・そういうこと?」
「エーリッヒ・ラルフマン、アイアン・エルゲラ、ニック・マクダウェル・・」
「え?」
「坂上 龍樹、レオナルド・エルバ、デニス・ディアーク、レオナルド・エルバ、パク・ホシ、そして、エウセビオ・デ・マルセリスにベラス・カンデラ・・彼女が獲得して来た監督と選手達だ。」
アベルは、徹が突然名前を読み上げたことに目を丸くした。10人・・それだけの人物と出逢い、交渉したのか?
「北条 舞は、彼等にプレミアリーグ優勝の夢を託した。そして、これからも同じ事が続くだろうなぁ。アベル君、キミはそんな彼女を応援する気はあるかね?」
改めて問われたアベルは、言葉に窮した。
(そうか・・俺、舞に甘えてるんだ。)
項垂れるアベルに、振り返った徹が話しかけた。
「彼女の夢を実現するのには、少しでも賛同者が必要だ、未来へと誘うな。アベル君、立ち止まっている暇はキミにはないと思うが?」
病室の扉から出て行った徹の後ろ姿の残像をアベルの目が追いかけ、彼はベッドから勢いよく降りるとそこでモニカと目が合った。
「荷物は?」
「其処にあるのだけ・・です。あ、自分で持つよ!」
ベッド横に纏めていたアベルの荷物を彼女が持って呟いた。
「貴方の未来は、どうやら忙しそうね?」
「忙しい?やっぱり・・そうかな?」
「そうでしょ?貴方に期待しているのよ、北条チーフが。」
「理解は、してるつもりだけど・・」
アベルが分からずに問い返すと、モニカは右手で握り拳を作り頬を紅潮させて応えた。
「貴方の身元をあの原澤会長が、古くからの友人に頼んだのよ!?これはとても"Incredible"だわ!!」
アベルはこの時、小首を傾げるしかなかったが後になって知れば知る程に、この時の無知な自分が恥ずかしくなるのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ミラフローレスのラルコ・マールにあるヨットハーバーの堤防で、膝を抱え体育座りをしている舞の目の前、カモメが波間にぷかぷかと浮いているのが目に入った。その穏やかさを"ぼー"と眺めていたが、彼女の気持ちは別の所にある。ここでのんびり時間を浪費していることは、得策ではないことぐらい彼女にだって分かっていることだ。だが、如何すべきなのか?イバンとアベルは、何を望んでいるのか?自分の判断に賛同してくれるのか?言っている事と行動に矛盾は生じていないだろうか?如何伝えて良いか分からず、彼女は動けないでいたのだ。再び、深いため息を吐いたところで、スマホが震えた。出るのを躊躇っている時間もそれは震え続け、意を決してスマホの画面を見た彼女の目に"リサ"の文字が見えた。文字が怒っている様に感じる。
(怒ってるよね・・)
通話をタップして、彼女は出た。
「もしもし・・」
「舞さん。」
「リサ・・あの、ゴメンね。」
「何がですか?」
「え?何がって・・」
「報告があって、連絡しました。今、大丈夫ですか?」
「え?あ、うん・・」
かえって言われないと、気持ち悪いものだ。舞は拍子抜けした感情を抑え、返事をした。
「指示のあったアリエン・ロッペンの件ですが、無理ですね。」
「無理?どうして?」
思わず食い気味に、気落ちしていたのに彼女は問い返していた。リサの誘導である。舞の性格を知った上で、見事に遇らっている。結果を伝え理由を語る、実に彼女らしいやり方だ。
「代理人との会話で、彼が深く悩んでいることを理解しました。問題はその悩みです。彼は、オランダ・フローニンゲン州ベドゥム出身。『エウロボルグ(フローニンゲンの本拠地)』での出場という究極の目標をチームスタッフから持ち掛けられている様です。」
「そういうこと・・。」
舞は青空を仰いだ。ロッペンの獲得は無理だ、彼女もリサと同じことを思った。
「リサ、彼は既往症となる病歴、怪我歴があったわよね?」
「ええ。代理人の話からすると、身体的な調子はどうか、そしてもう1年続けることが現実的かどうかを模索しているようです。」
「そう・・。」
残念だけど仕方ない。地元を旅の終着駅にしたとするのならば"未来を託す"に及ばないだろう。家族を大切にして、恩義に報いる。まあ、舞自身感じた匂いを持つ選手だった。だからこそ・・
「何時まで、のんびりしているつもりですか?」
「え?あ・・」
触れられなかったことを、いきなりぶっ込んで来た。当にNICEタイミングだ!舞は激しく動揺した。
「バーノン君が、ドイツ🇩🇪で待ってるんですけどねぇ?」
そうだ・・分かってはいるのだが触れない様にしていたのだ。舞はため息を吐くと、スマホを耳に付けたまま、再び顔を伏せた。
「先程、難民収容所所長のマニヤ・ティーメ氏からチーフが『いつ来るのかを知りたい』と連絡がありました。当然、バーノン君からもです。軽く濁しておきましたが、保留はあまり良くないと思いますので、そろそろ行って下さい。」
舞が珍しく返事に窮していると、リサが口を開いた。
「ま、情の熱い方ですからね、仕方ないでしょう。納得の行くまで悩んで下さいな。そして、決めたら、いつもの様に猪の様に突っ走って下さいませ。」
そう言うと、通話が切れた。
(リサ・・ゴメンね、気を使わせて。)
その時、"キィー!キィー!キィー!"と甲高い鳴き声を奏で、一羽のオナガハヤブサが滑空し海辺で食事をしていた旅行客の"獲物"を奪って飛び去った。旅行客達の悲鳴が聞こえる最中、舞はその光景を何気なく観ていたのだが突如、目を見開いた。
(油断してたら、獲得した選手だって獲られちゃう。私・・ドイツ🇩🇪に行かなくちゃ!)
舞は右手の中にあるイバンの遺灰が入った小瓶を強く握り締めた、とその時だった。
「まったく・・こんな所で、何してんだよ?」
彼女は思いも寄らぬ声を聞き、その方を振り返って見上げた。其処にはポケットへ手を入れ、不貞腐れた顔のアベルが立っていた。
「あ・・」
何て言ったら良いのだろうか・・彼女は思う様に言葉が出てこないことで困惑していると、彼はため息を吐き口を開いた。
「イバンの事で、悩んでるのか?」
「・・」
「悩んだって仕方ないだろ?舞はここから旅立って、俺も何れは旅立つんだ。」
「え?」
「俺をロンドンに呼ぶんだろ?」
「も、勿論・・そのつもりよ。」
「そしたら、イバンの墓を綺麗になんて俺達には出来そうもないよな。」
「・・」
「だけど、忘れることはない。」
アベルはそう言うと、舞の隣に腰掛けた。
「その手に持ってるのと、脇にあるのがイバンか?」
「うん・・」
アベルに問われた彼女が、視線を脇に置いた骨壷から手のひらを移し広げて小瓶を見せると、彼はそれを手に取った。
「これは、俺が預かる。」
「でも・・」
アベルは、視線を滑空するオナガハヤブサに移した。
「イバンの遺灰を海に撒く件は、俺に任せてくれ。」
「ど、何処でそのことを?」
突然のアベルによる発言に、舞は困惑した。
「聞いたよ、モニカさん・・だっけ?グリフ警備保障 南米支部の人。」
初めて耳にする名前だ。グリフ警備保障 南米支部と言えば、自分を護衛しここまで運んでくれたのがディディエ・ラゴール支部長。だとすると、彼の部下か?先程まで一緒に居たのだから、情報は行ってるということか・・。
「俺の退院も済ませてくれたんだ。」
「そっか・・私も、周りに支えられてばっかり。」
舞が膝を抱え、空を見上げてため息を吐いた時だった。
「それと、舞。俺の養子受け入れ先が、決まったんだ。」
「え?!どういうこと?」
考えもしていなかったアベルの言葉に、目をまん丸くして彼女は彼を見た。
「ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャーのセシリオさんが、俺を引き受けてくれるって。」
「セシリオさんが?」
信じられなかった。彼の紳士然とした風貌は、とてもストリートチルドレンの少年を養子にする様には思えなかった。いや、それよりも・・だ。一体、誰が?
「舞は知ってるよね?"原澤"って人。彼がセシリオさんに頼んでくれて、退院の手続きまでもしてくれたみたいなんだ。」
今度はアベルが、目をまん丸くする番だった。彼を見上げた舞の顔は、初めて見る複雑な表情だった。呆然?そう言って良いのだろうか?
「初めまして、北条チーフ。」
舞の背後へと、モニカ・リベジェスが近付いて来ると、彼女はよろよろとしながらも何とか立ち上がり直立してモニカを見上げた。
「グリフ警備保障 南米支部のモニカ・リベジェスです。貴女の高名をよく聴くから、お会い出来るのが楽しみだったわ。」
モニカが差し出した手を舞が握り返して来たのだが、その手に込められた力に"ハッ"とした彼女は舞の顔を覗き見た。その表情は、とても先程まで体育座りをして落胆している様には見えなかった。いや、それどころかその視線は、モニカの脳内を調べ尽くそうと集中しているかの様であった。
「高名?私がですか?」
「え、ええ。だって・・」
モニカが返そうとした言葉を、舞は堂々と遮った。
「モニカさん!徹・いえ、原澤会長とは、先程まで御一緒だったんですね?」
「・・勿論、そうですけど。」
「彼は、今、何方へ?」
「彼?あ・会長なら、ペルー🇵🇪サッカー協会へ向かわれましたが?」
「サッカー協会?」
舞はそう言うと、黙り込んでしまった。
(な、何なの?この女・・)
モニカが怪訝そうに彼女を観ていると、アベルが口を開いた。
「舞・・未来は"今でしか変えられないんだ"判断するのは、自分次第"だろ?考えている場合なんかないぜ。」
舞は目を信じられない程に見開いて、アベルを見た。信じられなかったのだ。彼から聞いた言葉は、忘れることが出来ないイバンの名言だったから。
「アベル・・何故、その言葉を?」
「え?何で?」
「イバンも・・同じことを言ってたわ。」
「イバンが?・・あいつ。」
そう言うと、彼は口元に笑みを浮かべた。
「俺の口癖なんだけどな。」
「え?そうなの??」
そう言うと、2人は見つめ合って共に笑いあった。こんなに笑ったのは、いつ以来であろうか?笑ったことで、彼女の気持ちは固まった。暫くして一呼吸すると、舞は足元にあるイバンの骨壷をゆっくり持ち上げて抱き締めると、やがて目を閉じた。そんな彼女をアベルが目を細めて見つめる。
(イバン・・すまないな、舞と俺は先へ進むぜ。勿論、お前を忘れたりなんかしない、誓うぜ!いつかそっちで俺のことを自慢させてやるからよ!待っててくれ。)
やがて"キィー!キィー!キィー!"と先程より甲高い鳴き声を奏でると、オナガハヤブサが上空高く飛び去って行く。それはまるで、2人の出発を先導するかの様であった。

第34話に続く

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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