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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第16話 「潮流」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アリカ・ラルフマン:エーリッヒ・ラルフマン監督の一人娘。広報部広報課、グリフグループ陸上部所属。東京オリンピック陸上100m、200m、リレー選手ドイツ代表候補。
イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 元課長。
エーリッヒ・ラルフマン:ロンドン・ユナイテッドFC監督。
ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。
ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。
セロンド ムサカ:ソマリア国籍の難民選手。RSB希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロ選手を夢見る。ドイツ11部リーグ所属 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03所属。                     デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバー。
トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。
橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。
バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
ベラス カンデラ:ペルー国籍の有望選手。CMF希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロ選手を夢見る。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マニヤ・ティーメ:難民収容所所長。ドイツ11部リーグ所属 ドイツサッカー連盟初 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03発起人。
ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課 チーフ。舞の同期であり頼れる親友。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバー。
ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。

☆ジャケット:イングランド 学生選抜選手としてゴールを決め、仲間達と喜ぶ坂上 龍樹。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第16話「潮流」

「ねぇ、本当に大丈夫?」
ロンドン・ユナイテッドFC総務部エージェント課チーフ 北条 舞は、総務部 契約課 チーフ 橋爪 奈々と一緒に出勤していた。親友の奈々が1ヶ月ぶりとなる職場復帰をするのだが、心配でならない。あの一件以来、奈々が神経質になっていることは、身近に居て感じていたため不安で仕方ないのだ。ケイト社長から紹介を受けたカウンセラーからは『徐々に慣らしていきましょう。』と言われたらしいが、偶に寝ていてうなされている彼女を見ると不安になってしまう。
「ま、何とかなるでしょ。」
「今日の帰りは、ライアンが送ってくれるから、大丈夫だと思うけど・・。」
「子供じゃないんだから。」
「そういうのとは、違うでしょ!」
「ハイハイ、心配性さんね。」
奈々は、舞の心配を他所に後ろ手で右手を振って契約課のフロアへとエレベーターを降りて行った。
(はぁ・・本当に大丈夫かなぁ?)
舞は、エレベーターを降りてロッカー室に入り自分のロッカーを開けコートをハンガーに掛けて仕舞うと据付けの鏡で身支度を整えた。
「おはようございます。」
「あ、おはよう。」
出勤して来た女性社員と挨拶を交わしながらエージェント課に辿り着いた彼女は、自分のデスク横にパイプ椅子を持って来て座っている広報部広報課チーフのライアン・ストルツがリサに話し掛けているのを確認した。きっと、奈々を心配して来たのだろう。
「おはようございます、チーフ。」
「おはよう、リサ。」
「よう!」
「おはよう。」
舞が自席にバッグを仕舞いPCの電源を入れた。
「何だ、お前課長席に座ってないのか?」
「はい?何言ってるの?」
「だって、課長の代決してるんだろ?座って当然じゃないか?」
舞が軽くため息をつくと、自席に腰掛ける。
「あのねぇ、私はここでも十分仕事はできていますから。」
立ち上がったPCにパスワードを打ち込む。
「なあ、奈々は如何だった?大丈夫だったか?」
「まあ、大丈夫・・だと思いたいけど。」
「何だよ、心許ないなぁ〜。」
舞は、口を尖らせたライアンに眉を寄せて返した。と、舞がライアンに話し掛ける。
「そうだ、ライアン?」
「何だよ?」
「会長から言われたの。選手に『愛称』を推奨したら如何か?とね。」
「愛称?例えば、どんなのだ?」
「ニッキー(ニック・マクダウェル)がそうじゃない?元ブラジル代表のフッキが『HULK』と称しているように、皆が選手に愛情を上乗せで注げる、そういうのを考えてあげたら如何か?と言われたわ。」
「何だよそれ、面倒臭いな!」
「えっ?」
「名前があるのに、愛称なんかいるかよ無駄だと思うぜ。そんじゃ、またな、舞。」
ライアンはそう言うと、舞の肩を"ポン!"と叩いて出て行ってしまった。てっきり、賛同して貰えるものと期待していた舞は、軽いショックを受けていた。
「私は、大賛成ですけど・・。」
「リサ、貴女もそう想う?」
「はい。会長、色々考えてらっしゃるなぁ〜、と思いました。」
「そうなのよ!ウチみたいな新興勢力は、昔からのファンが少ないわ。だから、新規ファンを獲得するのに選手が身近に思える方法を採用したいの。そうすると、愛称は簡単に行える最善の策だと想うんだけど・・。」
「広報部は、チャップマン部長ですよね?」
「うん・・、でも、ライアンは納得させて動かしたいのよねぇ〜。」
「なるほど・・チーフ、皆が集まりましたから朝礼しましょうか?」
「そうね、やろうか。皆、朝礼するわよ、いい?」
舞は席を立つとエージェント課の皆に声を掛けて会議室へと向かった。と、扉を開けた会議室にジェイクが居る。
「あれ?ジェイク、プロジェクター使うの?」
資料を会議室に持って来た舞は、プロジェクターを準備しているジェイクに話し掛けた。
「はい、なかなか良い情報が入りましたから。」
「えっ!?そうなの??」
舞は小走りでジェイクに近づくと背後にピタリ!と身体を寄せて聞いてきた。彼はふと感じた、彼女のLANVIN(ランバン)のエクラ ドゥ アルページュ特有のエレガントで洗練された心地の良い透明感がある香りと甘い吐息に気が付き振り返って見た時、ただでさえ大きな目を見開き瞳を"キラキラ"させた美形をアップで見てしまい、鼓動が跳ねるのを感じた。
「あ、いや・・はい。」
「あーー!もう、ジェイク、それ言ったらダメだって言ったじゃん!」
「ご、ごめん・・リサ。」
「えっ?何でダメなの?」
舞がコーヒーを持って来たリサを振り返って聞いた。
「そういう目をしたチーフは、駄々っ子と一緒です。」
「えーー!どういうこと?何でよ?」
「それです!」
「・・んーー!早く教えてよーー!」
「とにかく、座って下さい。」
「はーーい♬」
舞は、手を挙げて戯けると着席して頬杖を付いて待った。
「終わったよ、リサ。」
「ありがとう、ジェイク。ハイハイ!お待たせしましたチーフ、始めて下さいませ。」
「やったー!サンキュー、2人共。何やら嬉しい知らせがあるようだから、楽しみだわ。早く始めましょ!」
舞はそう言うと周囲を確認した。舞の横にジョン、ホルヘ、前にリサ、ジェイク、バーノンが対座している。
「まず、外勤メンバーで本日の業務において、何か連絡することはあるかしら?」
「いえ、特には。」
「大丈夫です。」
「僕もありません。」
ジョン、ホルヘ、バーノンが皆、応答した。
「そう?じゃあ、事務メンバーから、さあ、どうぞ♬」
「ほらー、ジェイク!思った通り、チーフに余計なスイッチ入ったジャン!」
「ちょっと『余計な』とは、何よ?」
「外勤メンバーの報告をスルーしたかったの見え見えですから。」
「そ、そんなことないわよ!」
リサが"まじまじ"と舞の目を見て来た。
「い、いいから進めて頂戴。ほら!!」
リサはため息ををつくと、話始めた。
「分かりました・・チーフ、稼働し始めた『dreamstock(ドリームストック)』について、早速お勧め選手を見つけました。」
「えっ!?もう、見つけたの???」
「はい。」
読者の方々は、覚えておられるだろうか?第3話にて説明した『dreamstock』は、提携する世界各国のチームが開催するセレクションに動画を投稿し審査を受けることで、プロチームへのキャンプへの参加などの特典が得られるものだ。南米の名門チーム、グレミオFBPA、CRフラメンゴ等も登録していて既にプロ契約をした選手もいる。
「一通り目を通しましたが、2名、興味深い選手を発見しましたので、今からお見せ致します。ジェイク、お願い。」
「了解。」
リサの指示で、ジェイクがPC経由にてプロジェクターより映像をモニターに映し出した。画面には、芝の荒れたグラウンドでドリブルをする選手が映っている、どうやら試合中の映像のようだ。その選手の前にディフェンスをしている選手がいるのだが、ドリブルしている選手が華麗な高速シザーズフェイントをしてディフェンスしている選手を置き去りにすると背後からスライディングをしてボールだけを見事に奪う選手が映った。取られた選手は、そのままもんどり打って転倒した一方、ボール奪取した選手はドリブルで左ハーフラインから中央に切れ込んだ所に相手ディフェンスが詰めて来た。彼はトップ下の選手にノールックパスでグラウンダーのパスを出すと相手ディフェンスが脚を伸ばしたが、間に合わない。その相手ディフェンスが視線を彼に戻した隙に、反対側からダッシュで抜き去った。そして、トップ下の選手がスルーパスで走り込んで来た彼にパスをすると、彼は逆サイドからゴール前に走り込んで来た選手にフライパスを入れるキックフェイントで相手CB(センターバック)を引っ掛けた。その隙に、相手ディフェンスの右脇を抜けてゴール前に出るとニアサイドに思い切りボールを蹴り込んだ。
「うお!?速っ!ワンタッチ、フェイントであっという間だ!」
ホルヘが思わず呟く。画面には、南米独特の褐色の肌に漆黒の前髪を目に入ってしまうのでは?と懸念してしまう程に伸ばした青年が写っていた。
「背後からのカット、あれ、ボールが轍で跳ねて軌道が変わるのを予測してなかったか?何で分かったんだ?」
ジョンが首を傾げる。確かにそうだ、あんなバンピーなグラウンドを彼は予測で乗り切っているのか?是非、聞いてみたい!舞の胸が騒めいた。その後も、彼がゴール前において自分よりも大きな身体をしたフォワードの選手をマークして飛ばせない様に当たりながらジャンプして競り勝つシーンや、PKで決めた後に顔色一つ変えない姿も映し出されていた。
「どうですか、チーフ?凄い掘り出し者でしょ?ある意味、奇跡的だと思うのですが?」
舞は、気付かない内に顎に手を当てて画面を凝視していた。
「リサ、詳細を。」
舞は震えるような小さな声を、やっと出してリサに指示をした。
「はい。彼の名前は、ベラス カンデラ。ペルー国籍の16歳、身長は178cm、体重は72kg、利き足は左、ポジションはCMF(センターミッドフィルダー)希望です。」
「この動画を見ると、彼は何処かのチームに所属しているのかしら?」
「詳細は、不明ですね。」
舞は、腕を組んで深くため息をついた。
「次を見せて頂戴。」
「はい、ジェイク?」
「了解!」
リサの指示で、ジェイクは2人目の選手を映し出した。だが、撮影はスマホで撮られているため縦長の画面だ。しかも、ブレが酷い。
「素人による撮影で映像が分かりにくい所もあるかと思いますが、ご了承願います。」
映像を見た舞が呟いた。
「これ、難民キャンプ?」
「はい、ポツダムの難民キャンプです。」
映像には、1人の痩せ細った黒人青年が裸足で継ぎ接ぎだらけのボールをリフティングしていた。するとその後、壁に目掛けて思いっきり蹴ったボールをダイレクトで打ち、跳ね返って来たボールをまたダイレクトで蹴る、その繰り返しを数回行い、最後は綺麗にトラップしてボールをおさめた。
「すげぇー、技術!」
ジョンが思わず呟く。
「彼の名前は、セロンド ムサカ。ソマリア国籍の16歳、身長、体重は不明ですが利き足は右、ポジションはSB(サイドバック)を希望してます。」
「右利きか・・RSBてところかしら?なるほどね。以上かしら、リサ?」
「はい。」
舞は腕を組んで暫く考えていたが、口を開いた。
「リサ、『dreamstock(ドリームストック)』について、ラルフマン監督と連携して貰える?今後は、フロント陣営からの推薦も受けたいわ。」
「承知しました。」
「では、指示をするわね、ホルヘ?」
「はい。」
「ベラス・カンデラ選手の交渉担当をお願い。連絡先等は・・リサ?」
「全て、『dreamstock(ドリームストック)』にあります。」
「DANKE!ホルヘ、逐一連絡を入れてね?」
「分かりました。」
ホルヘは、背筋を伸ばすと口元を引き締めて頷いた。
「セロンド ムサカ選手は、バーノン、貴方にするわ。」
「えっ?僕ですか?」
「リサ、ソマリアの言語は?」
「ソマリ語になりますね。」
「なるほど・・バーノン、通訳を確保する必要があるか、早急に確認するようにね。」
「はい。」
「分からないことはジョン、貴方が補佐して貰える?」
「分かりました。」
舞は軽く息を吐き、肩を落とす仕草をした。
「リサ、以上かしら?」
「はい。」
「そうしたら、このDVDをジェイク、映して貰える?」
「え?はい、分かりました。」
ジョンが舞からDVDを受け取りジェイクに渡した。
「DANKE!」
「おいおい!まるで、チーフみたいだな(笑)。」
「やってみたかったんだよ(笑)。」
軽くメンバー間で笑いが生じる。
「チーフ、そのDVDは?」
リサが首を傾げて聞いてきた。
「見てのお楽しみ、かな♬」
「では、映しますね。」
ジェイクが再生ボタンをクリックし、映像が映し出された。
「さあ!始まりました。本日は、エキビジションマッチ!イングランド学生選抜🆚日本代表U-22の試合です。」
「エキビジションマッチ?」
オープニングに解説者の軽快な口調で始まった画面をエージェント課の面々が食い入る様に見ている。と、スタメンによるフォーメーション画面を見たホルヘが呟いた。
「TATUKI SAKAUE?イングランド学生選抜のCF(センターフォワード)、日本人じゃないか?」
「あっ、本当だ・・でも、何で?」
ジェイクが不思議そうに話した、その直後だった。編集された動画は試合開始8分、日本代表CB(センターバック)を背にしてボールを受ける龍樹が映っていた。と、彼がトラップする瞬間、跳ね上げたボールは相手CBの右肩上を通り越した。
「ブーメラントラップ!?」
龍樹は、素早くターンしてボールの落下地点に入り込むとダイレクトで左脚を振り抜いたボールは、伸び上がりゴール右上角に突き刺さった。
「ゴル!ゴル!ゴル!ゴーーーール!!信じられないゴーーーール!!!」
解説者の絶叫が止まらない。
「すげぇー・・日本人って、こんな事を出来る選手がいるのかよ?」
ジョンの呟き直後、画像が切り替わり日本代表ボールで始まったのだが、その直後、不注意なパスを読んだ龍樹がインターセプトしたことで、カウンターが発動した。凄まじいスピードで日本代表のCMF(センターミッドフィルダー)に迫ると、高速シザーズフェイントで一気に抜き去った。
「クリスティアーノ???」
ホルヘの絶叫と共に、龍樹はまた先程のCB選手と対面した。ゴールから離れるようにドリブルした彼をもう1人のCB選手が体当たりして止めに来た。

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だが、龍樹はその選手を押し返し抜け切るとGKとCB選手が必死に止めに来た。だが、シュートモーションに入った直後、その2人をフェイントで抜き去り見事に左脚一閃!ゴールにボールを突き刺した。

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「NO WAY(まさか)!?」
バーノンまでもが、珍しく呟いた。画像が変わって前半25分、コーナーキックのチャンスに龍樹への日本代表によるマークがかなり厳しくなってきているのが映る。龍樹は、ファーサイド側に立ちゴール前の仲間に声を掛け、再びファー側に戻った。やがて、コーナーキックが蹴られる直前、龍樹がニアサイドに走り込む。マークに付いていた日本代表の選手が必死に付いていったのだが、突然、先程、龍樹が声を掛けた選手に衝突した。龍樹は、その横を抜けるとジャンプをし上げられたクロスボールにヘディングで合わせ、ゴールを決めた。バスケットボールでよく使われるトリックプレイだ。
「皆に、リプレイを見て欲しいの。」
舞はそう言って、ジェイクに目配せをした。リプレイ画面になり、舞が"止めるように"手で合図した。
「STOP!ここのシーンを見て欲しいの、彼の跳躍力なんだけど、一見すると何でもないよく見るシーンよね?でも彼の頭の到達点高さがありえないことになっているわ。頭の高さがクロスバーの上にあるの、一人だけまるで空を飛んでいるように見えるわ。」

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「SICK(ヤバい)・・。」
リサまでもが、手を口に当てて呟いた。
「ギネス記録は122cm(数歩の助走ありでの測定)だから、さすがに123cmは飛び過ぎな気もする。でも、今回も244cmのゴールの高さを大きく超えているのだから、もしかしたらよ?100cmくらいは飛んでいるかもしれないわね。」
「You killed it (いや~完璧だ)!」
ジョンが軽く首を左右に振って感嘆している。その後も彼のゴール、アシスト、ディフェンスシーンがクローズアップされ、後半62分で大歓声の中、ベンチへと下がっていき、ここで映像が途切れた。舞が皆を見渡して声を掛ける。
「どうかしら?彼を皆はどう見る?」
「どうって・・どうもこうも無いですよ!スカウトするべきですよ絶対に!」
「早くしないと他チームに行かれるかもな?」
「でも、今の動画も親善試合とはいえ、国際試合だろ?プレミアチームも狙っているかもしれないぞ?」
ジョンとホルヘが熱く語り合っているのをバーノンも、頷きながら聞いている。
「チーフ、この動画は?」
リサの問い掛けに皆が舞を見た。
「実は、この映像は、日本サッカー協会さんより頂いたものなの。」
「えっ?日本サッカー協会、ですか?」
「そうよ。彼、坂上 龍樹選手をこの試合を機に日本代表に入れようとしていたみたい。でも、ダメみたいなのよねぇ〜。」
「何故ですか?こんな凄い選手、日本代表に居ますか?」
「そうじゃないのよ。彼、ロンドン大学法学部で弁護士を目指してるんだって。」
「あの、ロンドン大学の法学部ですか?」
「そう。」
「いやいや、そうなるとプロサッカー選手は厳しそうですね。」
「弁護士かーー。」
エージェント課の皆が落胆する中、舞が呟くように言った。
「あれ?入るわよ、彼。」
「入る?何処にですか?」
「ウチにだけど・・ダメ?」
舞以外の皆が、まるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした直後、一斉に『えーー!?』と言う声が聞こえた。
「チーフ、話が噛み合ってませんよ!日本代表を拒否した彼が、ウチの誘いに応じた?そう言うことですか?」
リサが、PCのモニターを倒し身体を前のめりにして聞いてきた。
「そうなるわね。」
「イマイチ釈然としないですが、彼の意図する所は何なのでしょうか?」
ホルヘが舞に問い質した。
「先ず、話の流れを整理するわね。事の発端は、原澤会長がニッキー、アイアンを連れて日本サッカー協会の田嶋会長へ、挨拶に伺ったことによるわ。その席で原澤会長は、龍樹君の話を聞いたそうよ。日本代表を強くしたい田嶋会長にとって、彼の居る場所は関係ないことだけど、それが自由度の無い学生であることは、招集に対して非常に問題があることだわ。プロサッカー選手となることが、段階的に本人の感情における優先順位を上書き出来れば、それにこしたことがない、そんな処なのかもしれないわね。」
聞いていたジェイクが、眉を潜める。よく見るとバーノンも「?」マークが見える様な顔をしている。リサが口を開いた。
「チーフ、頭の良い彼が何故、自分の夢が遠退くであろうプロ選手を受諾したのでしょうか?」
舞は髪を掻き上げる仕草をしてテーブルに置いていた視線をリサに向けた。
「恩返し、かしら。」
「恩返し?」
「彼は勉強の為、ロンドンに住んでいるのだけれど、それは彼にとってお世話になっている事、迷惑を掛けている事への懺悔であり続けているのかもしれない。感謝を返す為にも、人生を遠回りしても良いことを選んだのかもしれないわね。」
「では、其処まで無理をさせてしまった彼に、我々は決して後悔させないようにしなければいけませんね?」
「ええ、そう思うわ、ジョン。」
舞は理解してくれた、ジョンに微笑んで応えた。
「彼には申し訳ないのですが、ウチのエースは決まりでしょうね。今後を考えただけで、私"ワクワク"してきましたもの♬」
珍しく、リサまでもが目をキラキラさせて話してきた。
「この後、ラルフマン監督と相談するわ。近いうちに龍樹君を練習に参加させたいとね・・あ、そうだ!」
舞が顔の前で、手を"パン!"と叩いた。
「原澤会長から今後、広報部と相談して、サポーターが接し易くなる選手の愛称を考えて欲しい、と言われたの。」
「愛称ですか?」
「そう。」
「となると、"ニッキー"(ニック・マクダウェル)みたいに、ですか?」
ジョンが首を傾げて聞いて来た。
「うん、当にそれだわ!龍樹君のことも相談されて"RYU(リュウ)"として売り込んだらどうでしょう?と提案したの。」
「"RYU(リュウ)"ですか?それは、どういう意味が?」
ジェイクから問われた舞は、昨日のアイアンの反応等を交えて説明をした。
「なるほどねぇ〜、そういう意図が有りましたか!サポーター新規獲得の為、流石ですね。」
リサが頬杖を付き、楽しそうに頷いている。
「彼、"リュウ"ついては私がそのまま担当するわ。そして、最後はジョン、貴方にお願いしたいことがあるの?」
「お、良かった!忘れられてるかと思いましたよ(笑)。何でしょう?」
「チーフ、まだあるんですか?ちょっと、凄くないですか?」
リサが目を丸くして聞いてきた。確かに、交渉案件が同時に4件は、異例かもしれない。
「そうね・・でも、最後が1番困難かもしれないわ。」
「困難?何故です?」
舞が、珍しく眉を曇らせているのを見たジョンも心配そうに聞いてきた。
「うん、実はね、次の選手はアイアンからの推挙なの。彼は、"デニス ディアーク"と言って身長が190cmは超える恵まれた体軀のドイツ人DF(ディフェンダー)だそうよ。元バイエルンミュンヘンユース出身のCBなんだけど、試合中に仲間のボランチ(DMF)の怠慢な守備に激昂して手を出してしまい、チームを辞めたそうなの。」
「殴ったんですか?」
「ええ。理由は如何あれ、手を出してしまったのはいけないことでしょ。彼はその後、ロンドンに移住してグングニルに入っているわ。」
「なるほど・・元ギャングですか?」
ジョンが腕を組んで考えている。
「彼に拒否権があるようにうちにも選択権があるわ、だから、ジョン、彼の人となりを確認して来て貰える?そして、チームに本当に必要な選手なのかを見て来て頂戴。」
「承知しました。アイアンと連携で宜しいですね?」
「そうね・・それでいいわ、お願いね。さて、以上で私からの報告は終わるけど、他にある?・・無さそうね。よし!本日も宜しく!!」
「はい!」
舞の掛け声で、エージェント課の面々が動き出した。バーノンとホルヘがリサ、ジェイクの元に来てカンデラ、ムサカの情報を得ている。一方でジョンは、早々に自席へ戻りアイアン等に連絡をするみたいだ。舞も自席に戻り受話器を持つとナンバーをタップした。暫くコール音が続き、やがて
誰かがコールに応じた。
「はい、ラルフマンですが?」
「監督、おはようございます、エージェント課の北条です。」
「舞さん!おはようございます、お久しぶりですね?」
「すみません・・未だ、リーグ後半戦から行けてないですからね。」
「いらっしゃるのを楽しみにしてますよ。」
「はい・・ありがとうございます。ラルフマン監督?」
「何でしょう?」
「実は、良い選手・・と言うより、素晴らしい選手の情報を得ましたのでご連絡致しました。」
「素晴らしい選手?それは本当ですか、舞さん!?」
"ギシッ!"と椅子が鳴り、ラルフマン監督がスマホを持ったまま立ち上がったのが分かった。
「はい。ただ、彼はロンドン大学の学生でして、その為、色々と制約もあり調整が必要になりますが、彼の実力なら監督のご心配も随分と緩和されることでしょう。」
「そんな凄い選手ですか!?それは有り難い・・ん、ロンドン大学というのは、あの名門の?」
「はい、法学部の1年生です。」
「それは凄い・・インテリですか?分かりました。となると、こちらに呼べるのはいつ頃でしょうか?」
「そのことですが、早い方が良い?そう理解して宜しいですか?
「ええ、そう考えて貰って結構ですね。」
「承知しました。では、本人に確認の上、改めてご連絡を差し上げます。」
「宜しくお願いします。」
その後、龍樹の動画をアップしたアカウントを伝え、更に今後の『dreamstock(ドリームストック)』の連携、及びベラス カンデラ、セロンド ムサカの両名について詳細を共有した。そんな中、エーリッヒ ラルフマン監督は感嘆のため息をついていた。
「監督、どうかされましたか?」
舞が聞こえてしまった、ため息に動揺してしまい聞いてみた。
「いえ・・ユリ課長さんでしたか?彼女から舞さんに替わった途端、一気に事態が動き始めた。その現実を直視して、感心しているのです。」
確かにその通りだが、自分には期待されている力は無いと思う、過剰な期待は避けたいのだが・・。
「優秀な仲間達に支えられていますから。」
まだこの時点では、彼女も謙遜することが良いことだと考えていたのだが・・。
「それとラルフマン監督、アイアンから、元バイエルンミュンヘンユースのドイツ人DF デニス ディアークという選手の推挙を受けました。この選手をご存知ですか?」
「デニス ディアーク・・」
ラルフマン監督の声が一瞬途切れた。
「思い出しましたよ!確か・・チームメイトを殴ってしまった選手では?」
「はい、恐らくその彼かと・・。」
「アイアンが、その選手を?」
「ええ、彼自身で口説くと言ってました。」
「なるほど・・。」
ラルフマン監督の声が途切れた事で、ふと、彼女はアプローチの仕方が悪かったのか?想像を膨らませて考えてみた。やがて、ゆっくりとした口調で、ラルフマン監督が話し始めた。
「この話は、舞さんとアイアンのみ・・ですか?」
「いいえ、会長の元にアイアンが相談をしに来ました。」
「私ではなくて、会長に・・。」
「気になりますか?」
「少なからずも、ですかね。しかし、彼は会長を崇拝してましたよね?」
「ええ。会長はアイアンを「舎弟」と言ってましたもの。」
「分かりました。暴力歴のある者を使うのには覚悟がいりますがそれでも会長は才能を愛されておられる、そのことを否定するようなことなど、恥ずかしくて私には出来ません。舞さん、他の選手同様にチームの練習に参加出来る様になったら、連絡をお願いします。」
「承知しました。」
「あ、そうだ。アリカですが、早速、グリフグループの陸上チームでトレーニングを始めてるみたいでしてね、舞さん聞いてますか?」
「そうみたいですね。しかも、モデルを務めたりと忙しいみたいですけど。」
ラルフマンの一人娘、アリカがライアンの居る広報部広報課に配属が決まり、トレーニングを始めたことは舞の耳にも届いていた。広報部としても彼女の美しさ、強さを活かさない分けがない、と舞は想像していた。
「父親としては、嬉しい反面、寂しさはあるのですよ。ですが、頑張っている姿は親として応援してあげたい!舞さん、アリカのことを宜しくお願いしますね。」
流石のラルフマン監督も、一人娘のこととなると心配らしい。彼女は、思わず微笑を浮かべてしまった。
「大丈夫ですよ。私にとって、アリカは妹のような存在ですし、彼女の頑張りを無駄にしないように応援しましょう。」
「ありがとうございます。」
「では、後ほど、メールにて詳細等をお知らせ致しますので、お手数ですがご確認下さい。」
舞は、ラルフマン監督にそう伝えると通話を切り小さくため息をついた。
(筋を通せ・・か。)
ラルフマン監督にとって、アイアンは直属の部下となるのであろうか。となれば、原澤会長より先は当然であろう、場合によってはコーチが先であることも・・。
(男の人って、そういうのを大事にし過ぎるのよねぇ〜・・プライド、か。)
舞が珍しくデスク前で半身になると椅子の背もたれに寄り掛かり、頭の背後で手を組んだ。
「チーフ。」
リサが舞に自席から問い掛けて来たため、振り返ってリサを見た。
「ん?何?」
「『dreamstock(ドリームストック)』について、ラルフマン監督、並びにコーチ達とデーター共有を行いますけど、大丈夫そうでしたか?」
「あ、ごめん!うん、監督は大丈夫そうだったけど。」
「分かりました。では、手続きを行います。」
「宜しくね・・あ、そうだ!リサ、さっきの龍樹君のDVDも宜しく頼める?」
「はーい♬了解です。」
「Danke!」
舞は、再び受話器を持つとスマホの連絡先から龍樹のナンバーをプッシュした。数回のコールで彼が出た。
「おはようございます、舞さん。」
「おはよう、龍樹君。今、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「ラルフマン監督に、貴方のことを伝えたの。『直ぐにでも練習に参加しないか?』ですって!如何かしら?」
「そうですか・・明日なら合わせられるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「分かったわ、そう伝えておくわね。」
「すみません。」
舞は、そう言うと龍樹との通話を終えた。やがて、仕事を続けていると、リサから『dreamstock(ドリームストック)』のデーター共有、並びに龍樹の試合動画の共有を無事、終えたとの報告を受けた。取り敢えず、初動を終えたことに"ホッ!"としたところで、デスクの電話が鳴った。
「はい、エージェント課です。」
「舞か?」
「あら?ライアン、如何したの?」
始業前に居たライアンからの連絡だった。
「ん、うん。その、なんだ・・。」
「はい?何?」
「い、いや、さっきさ、お前が言ったろ、その・・選手の愛称について、さ。」
「うん・・それがどうかしたの?」
「変に否定してしまって、すまなかった。」
「如何したのよ、そんな改まって?」
「いや、何か変な対応しちまったな、と言うか、その、舞が折角考えたことをよく考えもしないで、俺・・恥ずかしいよ。」
「な〜んだ、そんな事?分かって貰えたのなら嬉しいわ。」
「ああ。また、今度、詳しく聞かせてくれよ。」
「了解。」
通話を終えた舞は、思わず微笑んだ。
(如何したのかしら?可愛いこと言っちゃって!ちゃんと謝るところがライアンらしいか。)
一先ず安心した彼女の元にジョンとバーノンが来た。
「チーフ、宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論、どうぞ。」
「失礼します。」
彼等は、舞のデスク横にパイプ椅子を持って来て腰掛けた。
「先程、ムサカ選手の動画をアップした方に連絡を取りました。難民救済活動家のマニヤ・ティーメという女性です。」
「マニヤ・ティーメ?如何いう方かしら?」
舞の問い掛けにジョンが資料を提示して答えた。
「ムサカ選手が所属しているチーム、ウェルカム・ユナイテッド03の発起人です。」
「ウェルカム・ユナイテッド03?」
「ドイツ11部リーグ所属、ドイツサッカー連盟初、 難民だけのサッカーチームです。ウェルカム・ユナイテッド03のメンバーの大半は、シリア、ソマリア、バルカン半島からの難民だそうです。」
舞は、思わず眉をひそめた。ドイツ11部リーグ・・完全なるアマチュア選手だ、なのにプロチームに推挙してきたのは何故なのか?マニヤ・ティーメという女性に、彼女は興味が湧いた。
「そう・・その、マニヤ・ティーメという女性は如何いう経歴の方?」
ジョンは、資料のページを巡ると指差して説明して来た。
「社会福祉士で、以前はボランティアで難民支援活動をしてきましたが、今は難民収容所の所長をされてます。」
聞いた情報では、かなりの慈善家のようだ。その彼女が11部リーグのムサカ選手を推して来た。一体、何故なのか?
「同じ女性として敬意を持ったわ。ムサカ選手の詳細は分かったの?」
バーノンが別の資料を舞のデスクに広げた。
「はい。彼はソマリアでイスラム過激派組織アル・シャバブへの加入を拒んだ父親が殺害され、身の危険を感じた家族とアフリカからドイツへ逃亡してきたそうです。北アフリカからイタリアへの難民船の乗員177人のうち、5人しか生き残らなかったと書いてあります。彼は、欧州の地にたどり着いたそのうちの1人なんだそうです。当然、家族はその際に亡くなられてます。彼が出来ることは、唯一サッカーだけだったとあります。」
「他の選手もそうですが、難民として来た外国人、特に施設内でひたすら待ち続ける者にとってウェルカム・ユナイテッド03はとても大事なんだそうです。ここでは毎日、同じ境遇にある連中と会うことができるし、友達もできる。ここにいる者の多くは、家族や兄弟の安否すらわからなくて一人ぼっちの人が多い。チームとともにいると、大家族の一員のような気分になれると。」
ジョンが付け加えて説明した。舞は途中、目を閉じて聞いていた。難民とサッカーをするという試みは、実は既にドイツ全土で行われていて、新しいアイデアではない。だが、何かが引っかかった。そう、何かが・・。
「ジョン、バーノン、貴方達はどう思う?同情などではなく、チームとして彼に興味がある?」
舞による、この問い掛けにバーノンはジョンに視線を送った。それを軽く目線で受け、ジョンが口を開いた。
「正直・・通用するか、私には分かりません。ですが、期待感はあります。そして、メディア的にもプレミアリーグを狙うチームに元難民の選手が活躍すれば、それは格好の素材となるのでは?」
舞は腕を組んで考えている。
「ですので、チーフ、彼の居るポツダムに行かせて下さい。」
バーノンが舞を説得しようとしてか、身を乗り出し強い口調で語り掛けてきた。11部リーグ・・無駄足の徒労で終わるかもしれないが、やはり、気になる。舞は一呼吸すると決断した。
「分かったわ、二人共。ムサカ選手を、そして、マニヤ・ティーメ、彼女の真意を理解して来て頂戴。」
「承知しました!直ぐに準備します。」
ジョン、バーノンが席を立ち動き始めた。と、背後からホルヘが替わって来るのが見えた。
「チーフ、宜しいですか?」
「勿論、どうぞ。」
「失礼します。」
ホルヘがバーノンが座っていたパイプ椅子を譲り受け腰掛けた。
「二人共、ポツダムですか?」
「ええ、交渉に出掛けるわ。」
「そうですか・・私もリマに出掛けます。」
「大丈夫そう?」
舞の問い掛けにホルヘが難しい表情をしたため、彼女も思わず眉間に皺を寄せて彼を見た。真面目な彼が感情を表情に出す時は、決まって何かある時だ。
「他チームに噂ですが、動きがあるようです。」
「やっぱり・・で、何処なの?」
「グレミオ、サントスのようです。」
「そう・・。」
舞はため息をついた。何故なら動画を見た時にベラス・カンデラ、彼のプレイがとても理想的なCMF(センターミッドフィルダー)だったからだ。彼女が注目したのは、中盤でボールを奪ってからの攻撃における起点となっていたプレイだ。龍樹のような素晴らしいFW(フォワード)を得ようとも、ボールが廻って来なければ意味がない。カンデラは、DMF(ボランチ)のニッキー、OMF(トップ下)のレオナルド・エルバが助かる選手だと思う。当に絶対的なピースだと彼女は思った。
「南米の名門が動くとは、ね。ホルヘ、どう見る?」
「と、仰いますと?」
「ウチに勝算はあると思う?」
「正直、有ると思います。」
ホルヘは力強く舞に言い放つ、その回答に淀みは感じられなかった。
「如何して?」
「サッカー選手ならプレミアリーグは夢ですからね。彼はきっと本心から行きたいと願うと思いますよ。」
「それには、彼を知らないといけないか・・。ホルヘ、私としては凄い魅力的な選手だと思うけど、よく見定めて来て頂戴。」
「承知しました。ところで、チーフ?」
「ん?なに?」
ホルヘは、前屈みになり舞に顔を近付けた。
「私もこれでも、少しは安堵しているんですよ。ユリ課長が去り北条チーフ体制になったことに。」
意外だった。ホルヘが自分を持ち上げてくるなんて思いもしなかった。
「無駄足にはしたくないですからね、しっかりとカンデラ選手を見定めて来ます。」
「分かったわ、ホルヘ。それでは、宜しくお願いします。」
舞は座ったまま会釈をした。ホルヘは一瞬驚いた表情をしたが直ぐに満面の笑みを浮かべた。
「お任せ下さい。」
ホルヘは席を立つと舞に会釈をしてその場を後にした。
「宜しいんですか?」
「何が?」
「あれ、図に乗ってますよ、きっと。」
リサが自席より舞に身体を向けて話し掛けてきた。それに対して彼女は席を立ちリサの背後に立つと彼女の肩を数回、軽く揉んだ。
「ホルヘの生真面目さ、きっと彼に届くわ。」
「何で分かるんですか?」
「そうね〜、規則と覚悟かしら?彼の試合中に見せる姿勢に、それを感じたわ。」
「真摯な姿勢が重要、律儀さに賭けますか?」
「トミー部長の所に行ってくるわ、後を宜しく。」
舞はそう言うとリサの肩を軽く叩いて、エージェント課を後にした。彼女の視線は部長席に向かっていたが、心眼は確実に頂きを目指していた。見据える先は、そう!プレミアリーグである。

第17話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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