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人はいつしか無駄であることに慣れてしまう。



社会人になったばかりの頃は、様々なモノに意識が向いていた。
少しずつ仕事に慣れ始めると、たくさんの無駄が見えるようになった。
より効率的にするための方法を次々と考えた。

しかし上司にそのことを伝えても『これが今までずっとやってた常識だから』と、まったく聞き入れてもらえない。

それでも少しずつ少しずつ改善はされていくけれど、入社したばかりの頃に同期の皆で考えていたことに比べれば、遙かにテンポは遅いし、やるべきことも的外れだ。

ところが!

周りから頼りにされ始める頃になると、何故か最初は意識していたはずの無駄が見えなくなる。
――いや、見ないようになる。

何故ならずっと周りに抑え付けられ、代々引き継がれてきた効率の悪い方法を、自分達もすることに慣れてしまったからだ。

感性は慣例によって塗り固められる。
余計なことを考えられないようにさせられる。
それでも逆らい、慣例を覆そうとする感性は爪弾きにされる。



常識を打ち破って成功したベンチャー企業の社員達は、『自分達は違う』と自負していることだろう。
しかし3つ4つと下の世代が入ってくる頃には、常識を打ち破ったレジェンド達の感性は、ほとんどが勘違いに変わってしまっている。(慣例という意味で)

そして常識を打ち破ることに憧れて入社した新人達も、ある世代以降は昔ながらの会社に入るのと大差の無いシステムの中で過ごすことになるのだ。(慣例という意味で)

しかしその事実にレジェンド達は気付けない。(慣例という意味で)


たぶん圧倒的大多数の人達にとって、無駄であることに慣れてしまわないと、やっていけないように世の中はできているのだと思う。




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