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海と土と人の手と #いちまいごはんコンテスト

あなたの思い出に残るごはんを教えてください。

母方の祖母が作ってくれたロールキャベツ、かやくごはん。母が作ってくれたマカロニグラタン、ドライフルーツとバターがいっぱいのパウンドケーキ、えび天の醤油炒め。
『教えてください』と聞かれて、頭に浮かんできたごはんはたくさんあるのに、最初に浮かんで消えなかったのは、毎年夏に父の実家で食べたごはんだった。

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父の実家は、日本海に浮かぶ佐渡島にあった。毎年夏休みは、父の実家で3日ほど過ごすのが我が家の恒例行事だった。
1年に1度だけ会える祖父、寝たきりでほとんど話したことはない祖母、伯父夫婦とその長男一家。そこに父の姉妹たちも集まり、賑やかな日々だった。
朝起きて台所に行くと、伯母が畑で育てたトマトが大きな器にどんと盛られている。そこに、自家製の味噌で作った味噌汁と、いい香りの炊き立てごはん。お米は祖父たちが毎年育てたものだ。
この『おばちゃんのトマト』と『おじいちゃんのお米』がとんでもなく美味しかった。

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家の敷地内には、母屋と離れ、納屋と祖父の作業小屋、そして広い畑があった。そこで伯母は野菜をたくさん育てていた。
ある日、その畑におっきなトマトが実っているのを見つけた。

あれ、食べたい!

毎朝食卓に置いてくれるトマトと同じはずなのに、あの枝にぶら下がった、おっきなトマトの方が美味しいに違いないと思った。
もぎたてを丸かじりしたい。
どうしても食べたい。

おじいちゃん、あのトマト取ってもいい?

おじいちゃんに言うたら絶対いいって言うてくれると思っていたのだが、意外にも祖父は

あれは伯母ちゃんが育てとるから、いかん。

と言って、取ってくれなかった。
それでも諦めきれず、その日の午後、伯母が畑にいるのを見つけて、頼んでみた。

なんや。お菓子や西瓜やのうて、おやつにトマト食べるんけ? 変わった子やねえ。冷えとらんけどええか?

といい、その場で大きな赤いトマトをもいでくれた。

水道でちょっと洗って食えや。

伯母が指す水場に行き、さっと洗って食べた。
がぶり。
お日様と海風をいっぱい浴びたトマトは、ほかほかあったかくて、甘い。甘いだけでなく、やさしい酸っぱさがあった。

おいしい!

大きなトマトを夢中で食べた。残ったのは緑の葉っぱだけだった。

旨いけ? せやろ。きゅうりも大きいなっとるで、晩ごはんに切ったるわな。

伯母が嬉しそうに笑っていた。

夕方になると祖父が小さな舟で海に出る。沖に仕掛けておいた網を上げに行くのだ。「海に落ちたら危ないけ」と言いながらも、祖父は時々私を舟に乗せてくれた。
見渡す限り青い海と、水平線に沈む夕焼け。
広い広い海と夕空に包まれながら、祖父と二人で静かに舟に乗っている時間が大好きだった。

岸につくと、祖父は網から魚を外して早速さばき始める。台所ではなく、作業小屋の外に置かれた机で祖父が包丁を動かすと、さっきまで動いていた魚がお刺身になった。

海から上がってすぐの魚は、刺身が一番旨い。

というのが祖父の信条であったので、煮付けや塩焼きにされることはほとんどなかった。
祖父が捌いたお刺身は毎回美味しかった。
私は醤油も塩もつけずに、そのまま食べるのが好きだった。臭みなんて全くなく、甘い。
海の香りが口の中に広がる。
父や祖父の分も分けてもらい、大人2人分をぺろりと食べることもあった。

この子はほんまに魚が好きやのう。

祖父は嬉しそうに笑いながら、ビールを飲んでいた。

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2年前の6月、父が亡くなったことを祖父に報告するため、久しぶりに佐渡へ行った。
1日目は祖父母と父方のご先祖さまへ報告とご挨拶。2日目は島の北端まで足を伸ばした。バスを乗り継ぎ、ホテル近くまで戻った時には、予定していたお寿司屋さんは暖簾を片付けていた。
晩ごはんを食べ損ねるのは避けたい。近くのスーパーに滑り込み、鮮魚コーナーに行くと、お刺身パックに値引きシールが3枚くらい貼られていた。

朝どれ鯛の刺身が200円? ありえん!

おおきなおむすびと一緒にカゴに入れて、会計を済ませてホテルに戻った。
部屋に戻り、一人静かに晩ごはん。お土産用に買っておいた『佐渡の藻塩』を開けて、鯛の刺身に少しかけた。

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え? なにこれ。めっちゃ美味しいやん。こんなん200円のお刺身ちゃうで!

200円で鯛の刺身が買えることにも驚くが、そのクオリティの高さにも驚いた。佐渡の海でとれた鯛を、佐渡の藻塩で食べる贅沢。一切れずつ、ゆっくり味わいながら食べた。
そういえば、あれだけ何度も佐渡に来てたけど、鯛のお刺身を食べるのは初めてだった。ホテルのデスクでひとりお刺身食べながら、祖父が捌いてくれたお刺身を、あの家で祖父や父と食べていた場面を思い出していた。

畑でとってきた野菜、田圃からとったお米、海から上がった魚。
切るだけ、炊くだけ。調味料は塩か醤油のみ。『料理』なんてほとんどしてない。
だが私の口に入るまで、祖父や伯母はなんとたくさんの時間と手をかけ、野菜やお米を育てていたのか。祖父はどれほど海を敬い、畏れ、感謝していたことか。
毎年夏、佐渡で食べたごはんがどれほど貴重なものだったか、40年以上経ってようやくわかった。

もっとちゃんと味わってたべて、もっとありがとうって言うたらよかったなぁ。

祖父も、伯母も、父も、あの家も。あの舟も畑も。みんななくなってしまった。

ますみちゃんは、お母ちゃんやおばあちゃんに美味しいもん、いっぱい作ってもろたがや。おれのトマトとじいさんの魚や米でええんけ?

伯母ちゃんがこの私のnoteを読んだら、そう言って笑いそうだ。
でもね、伯母ちゃん。
お母さんもおばあちゃんも、あんな美味しいトマトは育てられんかったし、海から魚取って刺身にはできんかったよ。
おじいちゃんのお米は、毎年みんなで楽しみにしてたよ。
大人になって美味しいもんたくさん食べてきたけど、伯母ちゃんのトマトとおじいちゃんの魚は、どんな高級店でも食べられんのよ。
忘れられないごはんなんよ。

伯母ちゃん、おじいちゃん、ありがとう。
ごちそうさま。

『Kojiさん個展&出張よばれやコラボ』開催を断念されたヒトミさん。8月8日当日、会場におじゃますることを予定していましたが、それもできなくなりました。でも、違う形で、こうして参加させていただきました。

みんなで美味しいnote持ち寄るように、みんなで美味しいもの持ち寄り、笑顔で会える日が早く来ますように。

ヒトミさん、企画ありがとう。



美味しいはしあわせ「うまうまごはん研究家」わたなべますみです。毎日食べても食べ飽きないおばんざい、おかんのごはん、季節の野菜をつかったごはん、そしてスパイスを使ったカレーやインド料理を日々作りつつ、さらなるうまうまを目指しております。