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自分で買ってきたんじゃないの?【#2000字ホラー】

夫婦円満の神社から若い夫婦が出てくるのを私は冷めた視線で見ていた。

旦那との夫婦の形は静かに冷え切っていた。

まず会話が極端に減った。

これだと旦那はただのシェアハウスの同居人と変わらない。

私はため息をつくと気を取り直す。

今日は遠くに引っ越した友人と十年ぶりに会う。

待ち合わせ場所に向かうと、すでに友人の和歌子は到着していた。

しかし久しぶりに会った和歌子は元気がない。

具合の悪そうな和歌子を見て、私はなぜここ数年連絡を取らなかったのか少し罪悪感をおぼえながら尋ねた。

「久しぶり? 最近どうなの」

すると和歌子はこう言った。

「うち? 離婚したよ」

「へっ?」

「5年前にね。うちの人、家事も手伝ってくれないし、私が仕事の愚痴を言っても何も言わない。口を開いたかと思えば「そんな仕事に就いた君が悪いと思う」だよ」

和歌子は怒りで体を震わせていた。私は話の流れを変えるようにこう言った。

「うちもあまり上手くいってないな」

「へえ、どんな風に」

そこから私は流れるように夫の愚痴を話していた。

「静香も別れちゃったらいいのに」

高校からの腐れ縁である和歌子は人生の決断を軽い調子で提案した。

「そういえば、静香の誕生日ってもうすぐだよね」

「よく覚えてたね。9月30日だよ」

「婚約記念日は次の日だった」

「……普通人の家の婚約記念日って、覚えてる?」

「静香の誕生日に合わせて婚姻届を提出するのに、旦那が忘れて一日遅れたって怒ってたじゃない」

「そんなことあったね」

「今だから言うけど、静香は旦那さんと長く続かないと思ってた」

このとき話していた和歌子の表情がとても印象的だった。

ーーー

和歌子と再会してから、数日後。

リビングにあるカレンダーを見ると、9月30日に赤い丸印がついていることに気がついた。

9月30日は私の誕生日。

ここ数年は誕生日に祝われることもなく、普段と変わらない日常を過ごしていたから正直に驚いた。

そして少し期待をした。

花束が欲しいとは言わないけど、ひと言祝ってくれたら、ここ数年の冷え切った関係も許せそうな気がする。

そして9月30日。

私は仕事を終え、足早に家へ帰宅した。

旦那は非番で、テレビの前でゲームをして休日を楽しんでいた。

しかしいつもと違う光景がある。

花束がテーブルに置いてあったのだ。

私は驚きと嬉しさを感じながら、夕飯の準備を始める。

お祝いの言葉をくれると思っていたからだ。

しかし夕食の時も旦那は何も言わず、「ごちそうさま」と言いテレビの電源を点ける。

「あのさ」

「今いいところなんだけど」

旦那は不機嫌そうにゲームを止めて私を見た。旦那の態度に少し苛つきながらも、お礼を言おうと思い話を切り出した。

「花束、買ってきてくれたんでしょ。ありがとう」

すると旦那は不思議そうな顔をする。

「俺は買ってきてないよ。静香が自分で買ってきたんじゃないの?」

なんだか話がかみ合わない。私は確認するように壁に掛けられたカレンダーを取って、

「カレンダーに印つけたの、あなたじゃないの」

「それ静香が自分で印をつけてたよ」

そのひと言で一気に心が冷めた気がした。

私が勝手に喜んで期待しただけ、ここ数年祝ってくれなかったのだから、至極当然のこと。

旦那は私の苛つきに気づかず、こう言った。

「なあスマホの充電器どこだっけ? 充電切れちゃって」

「そのくらい自分で探してよ!!」

気がつくと私は花束を旦那に叩きつけ、家から飛び出していた。

ーーー

走り続けた私は和歌子とばったり出くわした。

「どうしたの?」

と訊ねる和歌子に私は泣きたい気持ちになり、気がつくと私は全てを話していた。

きっと「ひどい旦那じゃん。大変だったね」と言ってくれると思っていたのだ。

しかし和歌子はひどく冷たい声で私に言った。

「そっか。でも自分の期待したとおりに人は動かないでしょ」

和歌子が怖い。

そして和歌子の言葉を聞いた私は急に違和感を感じ始める。

誰が花束を買って、テーブルに置いたのか。

すると頭に流れ込むように、ある映像が見えた。

私が自分でカレンダーに印をつけ、自分で花束を買った映像を。

旦那がおかしなことを言ったんじゃない。

おかしかったのは……、


あはははははは!!!


すると和歌子は突然笑い出し、

「思い出した?」

と和歌子は嬉しそうに私へ尋ねる。

「ねえ、静香。なんで連絡をくれなかったの?」

和歌子のたんたんとした口調がただ怖い。

「寂しかったんだよ」

和歌子の笑顔が怖い、怖い、こわい!!

和歌子がだんだんと私に近づくたびに、私は一歩ずつ後ずさった。

すると何か私の背後が白い光に照らされた。

そして大きなクラクションが聞こえたとき、私は急に何かに引っ張られた。

「危ない!」

私を引っ張ったのは、旦那だった。

「なにやってるんだ! 車に轢かれるとこだったぞ」

旦那は私に怒鳴りつけるが私の呆然とした様子に驚く。

そして当たりを見渡すと私にこう尋ねた。

「なあ、今誰と話していたんだ」

「え?」

私は驚いて和歌子の方へ振り返ると、和歌子は舌打ちし空気のように消えた。

数日後、和歌子が5年前に亡くなったことを私は知ったのだ。

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