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どっちみち(ショートショート)

「良い話と悪い話、どちらから聞きたい?」

 どちらから、ってことは、結局どちらも聞くことになる。

「じゃあ、悪い方で」

 気分を下げてから上げた方が良いに決まっている。
「オッケー。じゃあ悪い話からするね。実は俺、いまだにおねしょをするんだ」
「おねしょ?」
「そうそう。おそらく夢の中でね、尿意を抱えた俺がいて、俺は必死にトイレを探すんだけど、辺りを見渡すと大都会だからビルばっかりで。どこかに駆け込もうとしても、スーツを着たおじさんたちが俺の邪魔をするんだ。それで挙げ句の果てには数百人のおじさんに囲まれながら、漏らしてしまう」
「それは病院に行った方がいいかもしれないね」
「たしかに。ただ、俺は漏らすことよりも悪夢にうんざりしているんだよ。スーツを着たおじさんたちはね、みんな俺のことを性的な目で見ているんだよ。みんな、俺のことを欲しがっているように思えるんだ」

 それは、この男の特殊な仕事ゆえかもしれない。彼は日々性欲を抱えたおじさんたちを癒しているから、夢にまで出てくるのかもしれない。

「ならば、仕事を変えたらどうだい?」

 僕が言うと、「間違いない」とその男は仕方がなさそうに答えた。

「潮時だって俺も考えている。だから来月でこの仕事を辞めることにしている」
「それがいいよ。ああ、もしかして良い話って仕事を辞めること?」
「まあ、間接的には正解だけど、俺の良い話はその後。つまり、新しい仕事を見つけたって話だ」
「そうか、もう転職先を見つけてあるんだね。それは何の仕事?」

 すると、その男は魔性的な笑みを浮かべて僕に言うのだ。

「この世にいるたくさんの孤独な女性と遊ぶことだ」

 この男のおねしょは治ることがないだろう。直感で、僕はそう感じた。

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