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【短編小説】過去対面法/Confront the Past

 後悔。悔恨。慚愧。自責。

 ありとあらゆる言葉でも表現しきれない、身を焦がすほどの──いいえ。そのまま焼き焦がしてしまえばよかったのに。私はそうであるべきだったのだ。
 なぜあなたが灰まで焼き尽くさねばならなかったの? その答えは未だに辿り着けそうもなかった。

 最後に思い出すのはいつだってあなたの雄々しい微笑み。身体中を焼き尽くされる筆舌にも尽くし難い苦悶の真っただ中なのに、優しく包むような目で……

 それなのに、なぜ私はあの人の顔を思い出せないというの?
 ラヴニカを救い、そしてその身を挺して私を絶望の淵から救い上げてくれた英雄の顔を。

《ギデオンの犠牲/Gideon's Sacrifice》


「……!」

 横たわったベッドから飛び起きる。火焔のように熱く、荒い呼吸をかろうじて抑えて溜息をつく。まただ。いつだってこうだ。
 でも、それでいいという納得感もあった。私に科せられた罪科はこうであるべきなのだから。

 深く息を吐き、整える。汗でまとわりついた寝間着を脱ぎ、冷水で身を清める。

 今の私はリリアナ・ヴェスではない。

 このストリクスヘイヴンにある神秘の魔法庫──ミスティカルアーカイブに”ある呪文"を収めたことで、かつて一介の生徒であった私が「オニキス教授」としての地位を得たのだ。

 身体を拭き、乾かした髪を団子状にまとめると、机の上にある金属片を手に取る。ギデオンが身に着けていた武器、スーラの残骸。アモンケットに広がる砂漠の中から一粒のダイヤモンドを探し出すような労力をかけて、見つけ出したただ一つの形見。

──時に、その痛みは耐えがたかろう。だが結局のところ、我々が命を取り扱う態度に、死者への敬意もまた映し出されるのだ。


 ベレドロスから放たれた言葉が頭の中で反芻し、思わず握り締めた。掌に鈍い痛みが走り、顔を顰める。あの時、掌にできた些細な切り傷はまだ癒えていなかった。

 あのドラゴンが言わんとすることは理解しているつもりだった。それでも、私は諦めるという選択肢を取ることはできなかった。
 このストリクスヘイヴンへ戻ってきた目的はただ一つ。ギデオンを蘇生するための手段を見つけること。それ以上でもそれ以下でもない、これが私の生き続ける意味。

 これを諦めてしまったら、私はどんな顔をしてのうのうと生きていけばいいというの?

 金属片をそっとポケットにしまい、教授としてのヴェールを纏う。今日も探さねばならない。ギデオンを呼び戻すための手段を。それから……教授としての役務も。

《オニキス教授/Professor Onyx》



 過去対面法。己の過去と向かい合い、それを乗り越える。定番と言うにはもはや使い古されすぎていて、ありふれた講義の一つ。それを私が担当する事になっていた。

 鏡には私の赦される事のない罪科が映し出されていた。毎晩のように見せつけられる見慣れた光景。

 私の肩に優しく置かれたタコだらけの武骨な手。その口には笑みが浮かべられているものの、全体的にもやがかかっており顔を鮮明に見ることができなかった。
 身体中から炎が燃え上がり、その笑みをたたえた唇は次第に燃え尽きる苦痛で歪んでゆく。それでもなお、口角は上がったまま。不安に満ちた私を安心させるように……


 ……なぜなの、ギデオン? 大勢の人の中で、なぜ私を助けるの?


 ──私はここでは英雄にはなれない。だが、リリアナ、君なら。


 やめて。


 ──大切にしてくれ。


 やめなさい。お願いだから……


《過去対面法/Confront the Past》


「……教授?」

 生徒の不安そうな声に、私の意識が現実に引き戻される。私の左手は黒い魔力を纏い、縋るように鏡に伸ばされていた事に気づいた。
 その伸ばされた先の鏡に映るのは無表情で不愛想な教師の姿だけで、もう何も映っていなかった。目を閉じながら、小さく溜息をつく。

「……失礼。あなた方の目にはただの鏡に映っている私に見えることでしょう。しかしながら、この鏡は映す者の過去を容赦なく突き付けるもの」

 手に纏った黒い魔力を霧消し、生徒たちの方に振り返る。そのままゆっくりと生徒たちへ一人ずつ視線を送る。
 不安げな表情をしながら蒼い瞳をこちらに向けているウィル・ケンリス。それとは対照的に不敵な紅い視線を向けてくる双子の片割れであるローアン・ケンリス。私の言葉を羊皮紙へ熱心に書き留める勤勉なキリアン・ルー。

「過去対面法。文字通り自らの過去と向かい合い、糧とするものですが……心しなさい。ただの過去と侮るなかれ、過去はいつまでも……追いかけてくるものですから」

 ……願わくば、この子たちが私のような苦悩に満ちた道を辿ることのないように。
 情でもわいたのか、私らしかぬ柄でもない事を考えながら一人の生徒を鏡の前に迎え入れた。



画像引用元:Magic: the Gathering

この短編小説を書く上で参考にさせていただいたサイト一覧

メインストーリー第1話:新学期、到来

あなたの隣のプレインズウォーカー ~第83回 ギデオン・ジュラの『灯争大戦』~

あなたの隣のプレインズウォーカー ~第105回 『灯争大戦』後日談 リリアナ逃亡編~

あなたの隣のプレインズウォーカー ~第113回 秘密のオニキス教授~



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