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0017 心ありて身、身ありて心

【8日目】

〈あー、あー、こちらオーマ。感度は良好か? 聞こえるか? 我、汝の主たるオーマなり、我素揚げの辛口の鶏肉を所望する――おほん。聞こえたら心の中で俺に向かって言葉を届けるように念じろ、お前の"心話"が、俺とお前の目に見えない繋がりを通して直接、俺にまで届くように祈念してみろ〉

 俺はそのように淀みなく「心話」を発した。
 口を動かさず、声帯も震わさない。そうする必要のない技能スキルだからである。
 しかし"思考"を垂れ流すこととも違い、頭の中でラジオかマイクのスイッチを点けたように、擬似的な「声」をイメージして実際に聞こえるかのように話す。

 そしてそれを、迷宮領主ダンジョンマスター眷属ファミリアとの間に宿る特別な、魔素・命素の流れという意味での繋がりに乗せて届ける、と強くイメージする。例えるならば、五指ではなく髪の毛の一本一本に魔素と命素の流れが細かな糸のように宿っているイメージ。

 それが第三の目がまるで額にあるかのように、額をすっと通して、頭の中で繋がっている眷属ファミリアに向けて届く――そんなイメージで以て、俺は言葉を初の・・迷宮従徒スクワイアであるル・ベリに届けることを強く念じた。

 時を置かず、驚愕したような気配が、目に見えない骨伝導式のスマートフォンでも額に当てているかのように、クリアな音声が直接俺の脳の聴覚神経と通じている箇所に流れ込んできたのだった。

<何という神の御業……! 御方・・様、御方様の玉声が、わ、私の頭の中で聞こえます! 聞こえています御方様!>

 鼓膜は揺さぶられていないはずであったが、感極まった声の震えまでもが伝わってきた。
 だが、俺はそれ以上に、ル・ベリの「声色」があまりもの美声であることに面食らった。確か、彼の母リーデロットにより、ゴブリン達に『実は魔人の純種』であると気づかれぬよう喉を潰されたという話であったが――元の世界での北欧キリスト教圏の金髪碧眼の少年少女聖歌隊も斯くやという、中性的なアルトボイス。

 快活さの中に確かな利発さを感じさせる、凛とした声であったのだ。
 おそらくそれが、ル・ベリ自身にとっての「自分の本当の声」であるのだろう。
己をずっと偽らされ続けてきた、彼自身も、またそうせざるを得なかったのだろう彼の母の辛苦が忍ばれた。ル・ベリはそれを執念によって、そして母が残した「予言」を最後の拠り所として、耐え続けてきていたわけだが――もしも救い主この俺が現れなかったら、どうなっていたであろうか。

 執念の果てに魔王のような存在となっていたかもしれないし、どこかでぼっきり折れてあっけなく失意の中で死んでいたかもしれない。感覚的には後者の可能性が高かったのだろうと思われた。

<それなら、この"実験"は成功だな。『従徒は眷属ファミリアに準ずる』とは、俺の【眷属強化】系の技能スキルがお前にも、少なくとも"眷属心話ファミリアテレパス"に関しては乗る――ということだ>

 俺の言っていたことの半分も、まだル・ベリは迷宮ダンジョンシステムについて理解はできていないだろうが、自分が何らか俺の役に立ったということは理解したのだろう。
感極まる感情が波動のように伝わってくるのであった。

 ――技能【眷属心話ファミリアテレパス付与】。
 この世界での名前としての『オーマ』を自分自身に名付けた際に、副作用のように称号【超越精神体オーバーマインド】というものを得てしまった。そしてさらにその特典ということであるか、追加の技能点スキルポイントを得たのだった。
 称号タイトルであるらしく、新たに追加された小技能テーブルを加えた『称号技能』テーブルは、次の通りとなっていた。

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 「思考」と「精神」にまつわる技能が新たに取得可能となっていたわけであるが――俺は与えられた「3点」をそこに振ることはしなかった。
 理由は3つで、第一には当初の自分自身の『迷宮領主』としてのビルド方針を貫くことにしたということ。
 第二には、ル・ベリという配下にして協力者、鍾乳洞でエイリアン達の世話をまだ続けなければならない俺と違って外で活動することのできる彼との"通信手段"の早期確立が非常に魅力的であったこと。
 そして第三に、一抹の怪しさを感じたからであった。

 称号を与えた直後に、まるで振ってくださいと言わんばかりの追加の技能点である。
 そもそも、誰が何の目的で『称号タイトル』を与えているかもわからない。迷宮ダンジョンシステムは【闇世】の神々が構築した巨大な恩恵であるが――それすらも迷宮領主ダンジョンマスターという『種族技能』として、技能スキルシステムの中で"解釈"されてしまっているように見える。

 技能スキルシステムが迷宮システムよりもさらに上位の世界ルールであるとすれば、『称号』システムもまた、迷宮システムよりも"古い"システムであるように思われたのだ。
 個別の技能スキルの性質を考察できるのが、その技能名以外に無い現状、全てが俺にとって有利な技能であるかどうかは、わからなかった。『後援神』系統の技能の存在から、たとえば何れかの神が戯れに称号を与えている、という可能性もあったからだ。
 その場合、セットで与えられる技能点をその称号の技能に振ることは、そのまま、その神の思惑に乗ることになる。もし助力をするつもりであるのならば、ここまでの干渉ができるのであれば、もう少しわかりやすい伝え方をするのではないかとも考えた。

 そのようなものに振り回されるよりは、今は捨て置いて、最初のビルド方針をまずは貫くのが良いだろう、というのが俺の判断。

 ――そして、ここからが重要な話。
 ル・ベリの母リーデロットが何者であったかという話だが、ル・ベリが伝えられた話を信じるならば、彼女は迷宮領主ダンジョンマスターの"伯爵"である【人体使い】の元迷宮従徒スクワイアであった、という。

 そうであるならば、我が子の"人体"を小醜鬼ゴブリンに改造し偽装してしまった手並みも納得できるというものだったが――その賢く博識で有能であったろうリーデロットをして、ル・ベリは彼女からただの一度も「技能スキル」だとか「技能スキルテーブル」だとか、「称号タイトル」というものの存在を聞いたことは無かった、ということだった。

 リーデロットが【人体使い】の従徒ではあっても、地位が低い下っ端だった可能性はある。
 だがそれは、こうした「世界ルール」が最低でも迷宮領主ダンジョンマスター以上に秘匿された情報であり……ル・ベリのような迷宮ダンジョンと縁の無かった者は勿論、どこかの迷宮の迷宮従徒スクワイアになれたような者であっても、知らない者がいる、ということであった。

 魔王たる界巫が1名に、5大公と3公9侯という上級爵。
 そして50近い伯爵と上級伯爵に、200を数えるほどの副伯、郷爵。
 これが現在最新の【闇世】の迷宮領主ダンジョンマスター達の数であるらしかったが、【闇世】の人口自体は数百万人から1千万人ではある、というのが闇世Wikiの記述からの類推。
 つまり市井の"常識"では、『技能スキル』も『経験点』も『称号』も一般的な知識として知られていない、という可能性が非常に高かったのだ。

 ――そして、ル・ベリの"協力"の元、俺はそれを確認するための検証を行っていた。
 検証の本番はこれからであり、そのために、俺は得た3点の技能点を【眷属心話付与】獲得のために費やしたのだった。

 現在は、ル・ベリを配下に迎えてから3日経っていた。
 小醜鬼ゴブリンを最低でも2氏族、丸ごと俺に献上するための必勝の策があることをル・ベリは開口一番に打ち明けていた。俺としては、すぐに鍾乳洞に彼を連れ帰り、保護してもよいと思っていたのだったが、自らの忠誠と献身を証す機会が欲しいとル・ベリは一度レレー氏族の集落まで戻ることを願い出た。

 ただし、彼から聞かされた、言わば「二虎競食の計」は俺にとっても渡りに船であったため――アルファ達の中でも一番の快足であったイプシロンを連絡役として、俺は一度拠点まで戻って、ル・ベリの"必勝策"に合わせてエイリアン達の生産計画を調整。
 【眷属心話ファミリアテレパス】の有効性と可能性に気づいて、まずアルファ達との間でその実験をしていた。

 結果は、俺の方から一方的にアルファ達に"心話"で指示を送ることができる。
 有効距離は半径200mほどで、それ以上になると途端に指示の内容の伝達精度ががた落ちになることがわかった。
 その他にも制約がいくつかあり、まず俺がその存在を認識した眷属でなければ意識がリンクされない。つまり、揺卵嚢エッグスポナーから這い出したばかりの幼蟲ラルヴァに進化を命じた後、進化して別の存在になってしまった元幼蟲に、離れた場所から追加の"心話"を送ることはできなかった。これができれば副脳蟲ブレインは要らないかとも思われたが、そうは上手くいかないようだ。

 ただこの場合であっても、幼蟲の側が俺を認識して、そちらから俺に眷属心話を送ってくれればリンクは回復するはずである。しかし、これが2つ目の制約であったが――アルファ達で実験をしたところ、通常の生物と「エイリアン」はやはり思考方法というか脳の中身というか"心話"自体が異なる構造であるらしく、色と波動のような、不明瞭で不規則なイメージの羅列ばかりが俺の脳裏に届けられるのであった。
 端的に言えば、それを受信する側の俺が「誰からの心話かわからない」状態なのである。
 アルファ達のような何度も心話を重ねてリンクの強まった眷属ならば、なんとなくで違いがわかる部分もあったが、幼蟲ラルヴァから進化したての個体にはそこまでは求められないだろう。

 それでも、俺から一方的にアルファ達に離れた場所からも指示を送ることができることの価値は大きいと考え、「エイリアン達との心話テレパス」の実験はもう少し充実するまで一旦保留にしつつ――眷属がいけるなら従徒もいけるのではないか? と考えて、今に至る。

 既にル・ベリはレレー氏族に戻り工作を再開していたが、200mの距離制限の問題は、連絡役として派遣した、イプシロンをリーダーとする"偵察班"の走狗蟲ランナー達を経由することで解決できた。他の眷属を仲介すれば、眷属心話ファミリアテレパスの有効範囲を広げることができる、というのも良い発見であった。

 それで俺は、ル・ベリの「二虎競食の計」と合わせて、また取りこぼしの"因子"を回収させる意味も込めて偵察班用の走狗蟲ランナーを多めに生み出すように調整していた、というわけであった。

<それじゃ、実験は次の段階に移るぞ。ル・ベリ、俺はお前を必ず"本来の姿"に戻してやるさ――そのために、まずはお前のことを全て把握しなければならない。【情報閲覧】対象:我が迷宮従徒スクワイアたるル・ベリ>

<おぉ、おぉ……御方様が私の全てを――視ている……! 我が身の全て、能うることは御方様のために。我が技、我が術、我が知識の全てを捧げることを誓いましょう……!>

 果たして「世界認識の最適化」現象が、予想通り、システム通知音とともに2つの技能の連携を俺に伝えてくる。相手が眷属ファミリア従徒スクワイアであれば【情報閲覧】は【眷属心話】を通して発動できるようであった。
 俺の目の前に表示されたのは、他の眷属ファミリア達と同じように、詳細な「ステータス画面」が、より集まる青い光の板として表示――さらに加えてその技能スキルテーブルが3つ、次々にマルチモニタの如く飛び出すように表示されたのだった。

【基本情報】
名前:ル・ベリ
種族:人族<純種:ルフェアの血裔>)
職業:獣調教師ビーストテイマー
従徒職:※※未設定※※(所属:【エイリアン使い】
位階:17
技能点:残り13点
状態:興奮

【称号】
『偽装されし者 (ゴブリン)』
『ゴブリンの憎悪者』
『第一の従徒(エイリアン使い)』

技能スキル一覧】~詳細表示

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 ル・ベリの生い立ちを端的に表すような"称号"については、詮索しても詮無いことなので見なかったことにする、として。

 俺は黙考を深めた。
 ル・ベリが技能スキルについて知らないことを確認した後、たとえば自身の「技が急に冴える」ような経験は無かったか、急に「力が湧いてくる」ような経験は無かったか、と聞いたのだった。
 それに対するル・ベリの答えは、前者については確かに時折そのような経験があり、後者についてはあまり実感は無かった、とのことだった。

 そのことと、彼の技能点スキルポイントの"振り残し"の存在がかなり多いことの意味を俺は考えていた。
 ル・ベリは本人の申告によれば17歳であり、奇しくも彼の位階レベルもまた17。
 俺がまだ2なので、位階レベルが年齢と必ずしも連動するわけではないだろうが、例えば加齢により1ずつ上昇、年間最低でも3点の技能点が与えられるルールである可能性はある。そして、それによって与えられる技能点は、少なくとも「一般人」は認識できておらず"振り残し"が発生する、ということ。

 ――そして。
 俺はル・ベリの、詳細に表示された『技能テーブル』の【第一の異形】に触れる。するとウィンドウ表示のその箇所が、点滅するように明滅し、次のようなシステム通知音が聞こえたのだった。

――従徒:ル・ベリに迷宮領主権限による『技能干渉』を行いますか?――

 さらに予感が働いて、今度はル・ベリの「ステータス画面」の『職業』に触れる。
 果たしてウィンドウの項目表示が同じように明滅し始め、同じようなシステム通知音がまた聞こえたのだった。

――従徒:ル・ベリに迷宮領主権限による『職業干渉』を行いますか?――

 まるで、これは"神"の如き特権ではないだろうか。
 迷宮領主ダンジョンマスターは、眷属や従徒といった配下の『技能』や『職業』にさえも干渉することができるのである。

 そう、"神"。
 俺が「オーマ」になってから、取ってつけたように与えられた"称号"。
 もし迷宮領主ダンジョンマスターが眷属や従徒にとっての"神"であるならば、シースーアの本物の神々だって、同じことができてもおかしくない、と俺は疑っていた。

 そう思ったので、俺はダメ押しのように、今度はル・ベリの『称号』の1つに触れる。そして「それを消してみようか?」という意識で、右へ文字をスワイプするような準備運動をして寸止するや、果たしてその文字がゆらゆらと明滅し始め――

――従徒:ル・ベリに迷宮領主権限による『称号干渉』を行い、称号:偽装されし者 (ゴブリン)を削除しますか?――

 三度みたび、俺は【闇世】の神様が"ルフェアの血裔"という種族に与えた迷宮領主ダンジョンマスターという強大な特権の無茶苦茶さを意識するのだった。

 そういうわけで、ル・ベリに約束した「本来の姿に戻す」ということについては、ある程度の算段がついているのだった。
 端的な話で、この"称号"を1つ削除してしまい、次に魔人族の種族的特徴である【異形】と【魔眼】の技能スキルを一気に伸ばしてやってしまうのがよい。彼の母リーデロットが、単なる虐待のためではなく、本気でル・ベリを小醜鬼ゴブリン達から守るために身体改造を施したことはなんとなく俺は信頼していた。
 ――そしてそれだけの技術があるならば、何らかのキッカケによってそれを解くための仕掛けも施しているのではないか、そう考えたのだ。

 無論、これはただの予想である。
 しかし――彼女が所属していたという【人体使い】。
 どうせ"閲覧制限"がかかっているだろうなと思い、それでも項目の数などで何かつかめないかと思って闇世Wikiを開いてみるや、そこにはこんなことが書かれていたのであった。

『君も、我ら"励界派"と共に【闇世】の励起にその力を捧げてみないか?』
『私は見た、聞いた。【闇世】の真の底力は迷宮ではなく、その周囲に生きる"人々"にこそあったのだ』
迷宮ダンジョンに引きこもり、力任せの破壊と抗争に耽溺するばかり。旧態依然とした上級爵どもの横暴には、もううんざりだと思わないか』
『求む。我らが麗しき【闇世】を憂う新進気鋭の志士。共に"自治都市"達と新たな関係を築き、新たなる試みを推し進める同志候補』
『心臓を捧げる覚悟のある者は【十指てしと縦横の糸繰り館】の主たる、この私【傀儡使い】レェパ=マーラック伯の元へ集え』
『※大陸南方の者は南方支部長である【くされる肉の数珠じゅずれ城】の主たる【人体使い】テルミト伯の元まで※1』
『※1 わかっていると思いますが本当に連絡してこないでください。研究の邪魔です。殺しますよ。"励界"に興味があるなら直接レェパに連絡をするように』

 意識高い系かと見紛う、怪しい勧誘文が大量に載った広告記事と化していたのだった。
 いくつか気になる単語はあったが――闇世Wikiをこのように活用悪用している迷宮領主もいるのだな、と悪い意味で感嘆しつつ、読んでいてげんなりした気分になった。
 というか【人体使い自分】の記事に【傀儡使い他人】の宣伝文を載せられているってどういうことだ? なのにわざわざ「自分には連絡をしてくるな」と注釈しているあたり、若干の編集合戦味を感じるし、この2人の"伯爵"の関係がよくわからないのであった。
 ともあれ【傀儡使い】も【人体使い】も、相当にうさんくさい輩だということと、それぞれの迷宮の名前を俺は記憶しておくことにした。

 気を取り直そう。
 このような、ちょっとあれだが【闇世】においては中堅を担う戦力である"伯爵"たる【人体使い】の元で力を得たリーデロット。俺の【エイリアン使い】が"進化"と"因子"において、結構な無茶をやっている予感はあったので――もしもその無茶の度合いがどの迷宮領主も同じなのであれば、迷宮従徒スクワイアであったとはいえ、【人体使い】の"城"で仕込まれたリーデロットの技術ならば、息子がいつか力を取り戻す仕掛けをしていてもおかしくはない、と考えるのであった。

<全ては御方様の御心のままに……我が母が私に残した"技"を、御方様が活用していただける。それもまた心から喜ばしいことです>

 凛とした変声期前の少年の声での、格式張った古風な言い回し。
 【言語習得:強】による「オルゼンシア語」の習得は、そのような機微すらも俺に分かる形で理解させたようだった。単に単語が1対1でどの表現に一般的に当たるか、という辞書的機械的な翻訳とは異なる。言うなれば"意訳"の精髄とも言うべき部分を直接、原液のままに叩き込まれたようなもので、俺はル・ベリと話している時、時々自分が元の言葉日本語を話しているのかオルゼンシア語を話しているのかわからなくなるほどの効果であった。

 ところで、聞けばル・ベリは"礼法"についても、小醜鬼ゴブリン達に気づかれない範囲で相当、母に仕込まれたようであったが――3日前に一旦ル・ベリと分かれる際に【因子の解析ジーン=アナライズ】をしたところ。

――『因子:肥大脳』を再定義。解析率15.5%に上昇――
――『因子:擬装』を再定義。解析率5%に上昇――
――『因子:血統』を再定義。解析率5.2%に上昇――

 よもやと考えていたが『因子:血統』までもが採れてしまった。
 彼の母リーデロットは、【闇世】においてはそれなりの出身である、という可能性が生じた。このことについてそれとなくル・ベリに確認したが、リーデロットは【人体使い】の城に仕えるようになる以前の境遇については、一切語ることはなく、ただその故郷の街『ル・ベリ=エリュターレ』の名を口にしたことと、それがル・ベリの名の由来であることを告げたのみであったという。

<いずれ、お前の母の故郷を訪れてみようか。俺も"大陸"に行ってみたいしな……船だってじゃんじゃん作ればいい。お前の目的と俺の目的は一致している>

<御方様に仕えることとなった身。我が卑小な願いは全て過去のもの、脇に置くべきもの。御方様の望みを叶えることこそが我が願いです>

<なら、俺をお前の母の故郷に案内するように努めてくれ。俺はお前の母の知識に興味がある。今すぐでなくていいが、ゆくゆくな。今は――この『最果ての島』を手に入れることに、お互い集中しようか、賢きル・ベリよ>

<御意のままに……>

 ル・ベリが俺に向ける感情は信仰そのものだった。
 それこそ、歓喜の幻視のままに涙あふれんばかりに唱歌する少年少女歌唱団顔負けの圧倒的な全身投擲であった。

 それはそれで、俺の目的を達そうとする俺にとっては、都合がよいものではある。
 だが、また別の俺、■■■■■である俺にとっては――ちょっかいを出してやりたくなるようなものでもあった……だが、それをするのはまだ尚早。人のことよりも、まずは自分の周りを固めなければならない。

 それにル・ベリも、完全に元の姿に戻してやらなければならない。

 ――どうやって?

 リーデロットが何か仕込んでいるだろう、ということは散々予感して考慮に入れた。
 だが、別にそれ・・がなかったとしても、俺には【エイリアン使い】という権能があるのである。この3日間の俺の方での"成果"を、【エイリアン使い】たる迷宮領主オーマの新たな成果エイリアンをご覧に入れるとしよう。

 幻聴の少女か、■■■■■過去の俺自身か、はたまた【傀儡使い】と【人体使い】の2大意識高い系伯爵か。
 あるいは――散々「上位存在の介入」を行い、あまつさえ"称号"なぞ押し付けてきた、推定神である何者かに向かい、俺は反逆するかのような笑みを浮かべたのだった。

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