たっきーの自伝 21
体を使った仕事
地元の設備の会社に職人として入った。
衛生関係の設備といっても詳しい人以外はピンとこないだろう。ようは配管工事だ。
新築の上下水道の配管、衛生器具(キッチン・トイレ等)の取り付けなどをする仕事だった。職人なんて全くの未経験だったので、最初は体がついていかなかった。まず、朝が早い。6:30に集合してから現場に車でみんなで向かう。現場が終わるのは大体17時ごろ。そこから帰って次の日の積み込みといった感じだった。帰るのは大体19時過ぎぐらい。日曜しか休みがなかった。
現場がない日は倉庫で整理や工事で使う砂を詰めたりしていた。下準備や部材を途中まで組んで仕事を効率化しておくというのをやっていた。
新人はまず天井・床に穴を空ける仕事を任されたが、これが難しい。垂直は上からだとわからない。失敗を繰り返して少しづつコツをつかんでいくしかなかった。パイプを寸法通りに切る仕事もやらされるのだが、職人さんは芯から芯までの寸法を言ってくるので、そこから継ぎ手の長さを引いて、切らなければいけない。そこで自分が引き算が苦手なことに気が付いたし、やってもやっても計算は早くならなかった。
もう一つ新人がやらされる仕事に穴掘りがあった。外部を配管する際には基本的にはユンボで土を掘るが、狭いところや際などはスコップで掘る。これがかなり大変だった。既定の深さまでひたすら堀り、配管が終わったら既定のレベルになるまで埋めていく。この作業が大変で、以前よりも食べてはいたが2カ月で10kg以上も痩せた。
半年ほどすると徐々に仕事は覚えていって、できることも増えてきたが、いつまでこの仕事をするのかというのはずっと頭の中にあった。別段仕事が嫌いというわけでもなかったが、突然なくなってしまった仕事の言わば繋ぎぐらいにしか考えていなかった。助けてもらった義理はそこの社長に感じてはいたが、人間的にはあまり好きになれない人だった。
仕事もきつくなくなってきたころ、転職活動を始めた。人材関係の仕事に何となくついてみたいと思い、リクルートエージェントに頼んで仕事をいくつか見繕ってもらい、何社か面接に行った。IT系のエンジニアの派遣営業が求人が多かったので、築地にあった会社に内定がもらえた。
内定がもらえた後に退職の旨を伝えに行ったとき死ぬほど怒られて、ダメだと言われた。食い下がったが、帰れと言われた。その後頭を冷やしたのか、しょうがないから受け入れると電話があった。最後の給料は色々謎のお金を引かれてあまり入ってこなかった。
ITの知識などほとんどなかったが、晴れてITエンジニアの派遣を始めることになった。
人にかかわる仕事ではあったが、人を能力あるいわ道具的な見方が強い業界のようにも感じた。知識は仕事をしていってだんだんと増えていったが、会社の士気があまり高くない会社だった。入社時の部長は僕の3つ年上の若い方だった。
今までいろんな仕事をして、色んな社長や人に会ってきたが、ダントツで一番仕事ができる人だった。なんでこの会社で部長をしているんだろうと疑問だった。無駄な付き合いをあまりしない、かといって人間関係が悪いわけでもない居心地はすごくいい会社だった。
20代の最後だし、この会社で頑張っていこうと吸収できることはしていった。コミュニケーションはそんなに上手な方ではなかったし、売り上げ至上主義でもなかったので向いていいる仕事ではないと感じてはいた。しかし、一プロとしてできる限りしようと頑張ってはいた。
婚活というほどでもないが、パーティーやBBQなどにたくさん顔を出して彼女を作ろうと頑張っていた。時間的にも余裕ができていたので、顔を出せるところには顔を出して平日でも夜はしょっちゅう遊びに行っていた。
功を奏してという形なのかはわからないが、社会的養護関連の旧友に紹介された子と付き合うことになった。お互いの家が少し離れてはいたが、いい距離感でお付き合いしていたと思う。
向こうの両親にも交際の旨は伝え、里親にも紹介していた。
同棲の話が出たころ、債務整理が終わっていなかったので、もう少し目途がついてからにしたいと提案したところ、いつまで待てばいいかわからない時間を待てないということになり。そのまま破局した。
傷心のまま日々会社で業務をしていると、当時の部長が社長に対し、ポストは残すので社長に退任を要求したところ、部長は解雇になった。
一気に社内の社長に対する信頼感はなくなった。
その後、社内の外注部門を解散するという事になってしまい、大幅なリストラをしたので、そのタイミングで私自身もやめることにした。
事前に転職活動はしていたので、次の仕事は見つかっていた。
建築関係の職人の管理営業などの仕事と聞いていたが、実際に何をやるかはよくわからなかった。
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