三菱航空機の財務分析のような分析でないような話~三菱重工SpaceJet(MRJ)の1兆円といわれる開発費はどう財務諸表に出てくるのか

三菱重工業連結ではなく三菱航空機の話をします

2023年2月6日、三菱重工がSpaceJet(MRJ)からの撤退を発表したわけですけど、度重なる延期の末に2020年6月には開発の縮小、2020年10月の重工の中期計画でも縮小路線が明確化していたので、結局はその延長線上ってことなんでしょうかね、SpaceJet撤退してしまうとなると、せっかく取得したCRJの方はどうなっちゃうんでしょうかね。

そのへんは私が論ずるより詳しい方々がいっぱいいらっしゃるのでお任せするとして、私としては、1兆円の開発費がとかなんとか言われているSpaceJet事業の財務分析について、連結については三菱重工の有価証券報告書でも見りゃわかる感じかと思いますけれども、開発・事業化子会社の三菱航空機が決算公告を出しているので、せっかくなのでその開発費などが三菱航空機の決算上どのように出てきていたのか見てみたいというのが今回の記事です。

三菱航空機と三菱重工の業務の切り分け

どういう財務諸表だったのかを考察するにあたっては、もちろん三菱重工との事業の切り分け方を念頭に置く必要があるわけですけれど、これについては三菱航空機の設立時の三菱重工のリリースに「三菱航空機は、MRJの設計と、型式証明(T / C)取得、調達、販売、カスタマー・サポートなどを担う。また、試作・製造、飛行試験は、当社名古屋航空宇宙システム製作所」と明記されている通りで、三菱航空機は生産設備等を持たない=設備投資・減価償却は少ないだろうことと、子会社あるあるで管理費はそんなに大きくならないだろうこと、一方で販売はあるので事業が立ち上がれば原価(機材調達)、在庫、販売費が比較的目立つことになるだろうこと、でも結局立ち上がらなかったのでその辺は小さいだろうこと、がまず推察されるところかと思います。となると基本的には研究開発を軸とした財務諸表になることが予想されますね。

決算公告から得られる財務諸表

などという御託は置いといてまず損益計算書と貸借対照表そのまま貼り付けてしまいますと、以下のとおりです。

出所:三菱航空機決算公告から筆者作成
出所:三菱航空機決算公告から筆者作成

目立つところとしては、損益計算書では確かに損失合計で1兆円の手前まで来ている感があるわけですけど
1) 2015年3月期以降の販管費の増え方
2) 2019年3月期の特別利益なんですかこれ
3) 2020年3月期の特別損失
4) 2020年3月期と2021年3月期の売上

といったあたりがぱっと見で気になりますかね。一方で貸借対照表の方では
6) 開発費・試験研究費・設計等の知財(IP)だとすれば固定資産かと思ったら流動資産めっちゃ大きくない??
7) 2017年3月期の流動負債から固定負債への切り替え
8) 2019年3月期の増資
9) 2021年3月期の減資

あたりが気になります。債務超過じゃんみたいな話もあるんですけど、大企業の戦略子会社で投資突っ込んでるところだと稀によくある話なので、そこは親会社の連結で減損処理とかして吸収していれば、処理済みという感じではあります。ほんとよくあるんですよ。

補助金のこととか

上記のポイントを順に見ていく前にもうひとつ。そもそもこの事業って2000年代前半からの官民共同国家プロジェクトなのは皆さんご存じのとおりかと思いますが、となれば補助金が出ていたはずで、補助金ってどのくらいの規模で会計上どうなってんの?という話にもなってくるかと思います。
補助金については中日新聞『国産ジェット公費500億円 スペースJ、遠のく商用化』(2020/5/27)にわかりやすい図が出てるんですが、要は約500億円ですかね、詳細については個人?で精力的にまとめられている方がいらっしゃった(鳴海便利帳『MRJにはどのくらい国から補助金が投入されてるか調査してみた』)のと、論文が一本出ていた(神事直人・川越吉孝『リージョナルジェット機産業における公的支援の影響』RIETI Discussion Paper Series 19-J-013)のとで把握できますけども、大きく分けて先進空力設計等研究開発、炭素繊維複合材成形技術開発、先進操縦システム等研究開発の3カテゴリがあり、他には三菱航空機ではなく三菱重工とかIHIとかが中心的にやっていた航空用先進システム基盤技術開発からもちょっと、という感じかと思います。あと文科省/JAXAも絡んでるプロジェクトなのでそちらからも補助金あったかもしれません(調べきれてない)。このうち、先進空力設計等研究開発と炭素繊維複合材成形技術開発は経産省の行政事業レビューから金額がわかりますが、先進操縦システム等研究開発はNEDOの案件で、色々検索した結果、財政投融資特別会計から出ていることがわかりました。いずれのプロジェクトもおおむね2008年から2014~15年までの複数年プロジェクトで(←ここ重要)、金額としては合計約508億円ですかね、ピークは2010年3月期・2011年3月期の100億円超です。

出所:経済産業省、NEDO、財務省から筆者作成

詳細については以下をご覧ください。
先進空力設計等研究開発 評価用資料
→ 炭素繊維複合材成形技術開発 評価用資料
→ 先進操縦システム等研究開発 中間評価報告書
JAXA航空の取り組みのご紹介
→ 国産旅客機高性能化技術の研究開発(中間評価)

補助金の会計と流動資産・流動負債

で、補助金となるとたくさん財務分析してる人ならわかると思うんですけど、通常は営業外収益に出てくるのでそうなってるかなと思ったら、損益計算書見ているとどうもそうなってない感じですよね。あるいはIPで固定資産だし圧縮記帳?と思ったものの特別損益にも出てこないですし、入ってきたであろう補助金に応じて膨らんでいるのは損益計算書をスルーして貸借対照表の流動資産・流動負債のように見えますよね。複数年プロジェクトで単年度評価をすることもあるし前受補助金として流動負債(現預金として流動資産)に上がってるんではないかなという印象なんですが、他の可能性があるとすればなんでしょうね。
というのがロールアウト前の補助金と財務諸表に関する印象でした。

 # 固定資産の取得に際しての補助金と圧縮記帳については拙作「北海道ちほく高原鉄道の財務分析」でそれなりに書いています。まだ読んでない人は是が非でも買いましょう。こちらで販売しています

(1) 2015年3月期以降の販管費の増え方
(6) 流動資産 (7) 固定負債

2015年3月期以降の販管費の増加、流動資産・流動負債の増加は、初見では2014年10月の初号機のロールアウトに伴って実機受注が入ってきたことによる前受金とかなのかな、と思いました。航空機の商売の仕方全く知りませんけど、頭金とか総額を前払いとかあるんですよね?そうでないと説明のできない増え方を2015年3月期から2019年3月期までしているように見えますし、そうであれば2017年初頭の5度目の納期延期に伴い、前受金を長期前受金に切り替えたものとして説明が付きそうな気がします。
これであれば損益計算書の販管費の増加も販売費増で説明できるかなという感じがします。
流動資産は商用機が完成も納品もしてないわけで売掛も完成品在庫もないだろうし、製造が重工名古屋の方で完成した機材を調達する関係なのであれば半製品も原材料もないだろうし、資本関係と資金繰りを考えれば三菱航空機から三菱重工に前渡金があるとも思えないし、と考えるとほぼ現預金なのかなと思います。
 # 重工の方の有報だと棚卸資産や事業用資産の評価減とか出てきますけど、そちらは連結なわけで、三菱航空機だけを見るとそうはならないかな(あっても内装とか部品だろうし商用の完成機がない中でそんなに大きくはならないんではないかなと)

(2) 特別利益 (8) 増資

2019年3月期の増資と特別利益がセットなの(かつ特別利益の額がキリがいいの)から、ああこれは1,700億増資するうち、500億を固定負債から株式に切り替えた(デット・エクイティ・スワップ)のとその債務消滅益かなって感じがしましたけど、報道によると1,700億円の増資と500億円の債権放棄(=債務免除益)ですね。1,700億円キャッシュを入れたんだとすると、経常損失約470億が現金費用(非現金支出あるような事業構造でも成長ステージでもないし)、流動資産は約650億の増でこれがほぼ現預金の増とすると、合計1,100億ちょい、残り600億がどこいったのって感じですけど、一方で負債も1,100億くらい減っていて、このうち500億円が債務免除であれば、残り600億円、受注のキャンセルと返金で600億円だとすると説明できそうな感じがしました。

(3) 2020年3月期の特損

で、2020年3月期に4,462億円の特別損失を計上して、流動資産が約3,700億円、ごそーっと減っているのも、2020年2月に6度目の延期を発表しているので、やはり流動資産が受注に伴う前受金による現金で、受注をキャンセルして返金した、とすると整合性が取れそうな感じに見えますけど、だとすると、その段階で2020年5月の発表を待つことなく、現場ではもう撤退戦=お客様へのお詫びに入っていた感じなんでしょうかね、そんな印象を受けます。
重工の連結だと2020年3月期のSpaceJet関連の非金融資産の減損処理額が1,761億円(そのうち1,174億円が無形資産)となってますけど、三菱航空機の固定資産も420億円ほど減っているので、無形資産はこれは開発費の資産計上してた分ということなんでしょうかね、そもそも国の補助金終わったあたりから固定資産も増加しているので、自腹の開発費で資産計上してたということなのでしょうかね。

(4) 2020年3月期と2021年3月期の売上

2020年3月期と2021年3月期で合計100億程度の売上を認識しているのですが、これはなんでしょうね。三菱重工のIR資料も色々眺めてみましたけど、中計に「防衛分野での人材/ノウハウの活用」などとあったので、資産化した研究開発費でもグループ内で移した?みたいな感じでしょうかね。他に売れるものあるんだろうか、という感じがしますが、今回財務諸表眺めていてひょっとすると最大の疑問点かもしれません。

(9) 減資

縮小路線への転換を発表した2021年3月期に資本金・資本準備金を2,700億から5億に減らしていて、経営方針の転換を表明して実際そうした、という感じですね。5億円なのは資本金5億円以上にしておいて(大法人にしておいて)、ということだとは思うんですけど、他の株主(トヨタや三菱商事)のために監査はしておくってことなんでしょうかね。

と疑問点を洗い出してから・・・

以上、まず数字をざっと入力して眺めて、目立つ点、分からない点を列挙して初見の印象を書きました。もっと丹念に色々な可能性を検討すべきなんでしょうけど、まずは一番ありそうな可能性を挙げるというかなり粗い考察を行っています。通常のアナリスト的な業務であれば、こういった疑問点を携えて会社に話を聞きに行く、くらいな感じです。
ともあれ、今話題の三菱重工・三菱航空機のSpaceJet開発中止に関連して、こんな見方もできるんだと楽しんでいただけましたら。

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