騙し絵の牙

 組織に生きる中間管理職が生き抜く日々は、トラブルの連続だ。下落の一途を辿る紙媒体の売上を憂いつつも、どうにか一矢報いようと奔走するいち編集長の物語。

 と思いきや、最後には予想外の方向へ展開していく。

 「罪の声」の塩谷武史の小説で、俳優・大泉洋に「当て書き」したという本作品。

 当の本人があとがきでダ・ヴィンチの編集者に自身が出演できるような作品はないかと、冗談まじりに打診していたことがきっかけだったとか。

 こういうタイプの小説を読むのは初めてで、斬新なアイデアに脱帽。もちろん、中身も面白いし、それだけじゃなく1人の人間が抱える深い悲哀も描かれていてよかった。

 以前から大泉洋と吉高由里子は、役柄に染まるというか、それぞれのキャラクターが役柄になってるよなあ、と素人ながらに思っていたのでこのハマり役には納得。

 憎らしい社内の敵・相沢さんと同族嫌悪ゆえにソリが合わない二階堂先生。

 全く他業種ながら主人公に魅惑のプランを提案し続ける清川。

 そして、エピローグで、主人公の生い立ちを記者さながら個人的に取材する同期の小山内。主人公の去り際に本音を見せた秋村。

 読んでる最中は、映画のキャストはあえて見ないようにしていたけど、1人1人顔が頭に浮かんできそうなほどキャラクターが立っていた。

 展開が早いし、とにかく毎日のように大小問わず事件や衝突が起きるので飽きる暇もなくあっという間に読み切ってしまった。

 新聞記者出身とのことで、エピローグは作者が一番書きたかった部分のような印象を受けた。

 どんなに眩しく思える人にも、影はある。また、ひょうきんで自己を語らない人には表面には出てこない"何か"が必ずある。

 そして、その"何か"は掘り起こさない方がよかったりする。興味本位の詮索は御法度だ。

 極上の出版エンターテイメントであり、どこかの誰かの人生の記録であり、そんな二面性を感じさせる「騙し絵」のような作品だった。



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