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昔のきもの収納に感じた紙のチカラとゴミの分別。

祖母が亡くなってから部屋の片付けは母がだいたいはやってくれている。だけど母はモノを捨てるのが大の苦手。案の定、片付いている感は出せているけど捨てられておらず、部屋にはたくさんの箱がつんである。

そもそも、ここ数年でゴミを捨てるのはハードルが高くなった。分別の細分化が進んでいるからだ。それ自体にも思うことはあるが、ものって作られる時に捨てられる時のことまで考えられていないことが多く、ものすごい大変である。

例えば首から下げるストラップ。昔使っていたモノで古くなっていて、思い出にとっていたけど捨てようと思ったら、ストラップ部分は燃えるゴミ、接続部分はプラスチック、中身の紙は燃えるゴミ、入れていたケースはプラスチックかその厚さや材質によって次第で燃えないゴミ。そして強度を高めるために金属が使われていることもあり、その場合にはできる限りハサミなどを使って外さないといけない。外したらものは金属として捨てる。

他の例は写真のアルバム。百均で買えるものに思い出ごとに整理していたんだけど、データもあるし場所もかなりとるので、整理して捨てようと思ったら、ここでも分別。

写真が入っていたペラペラのビニール部分はビニールゴミ、表紙とかの硬めのプラスチックはプラスチックゴミ。でも写真アルバムがすぐ壊れたらいけないから、けっこうしっかりくっついていて、それを外すのに一苦労。

とまぁ、そんなこんなで、もちろん、もちろん、捨てないようにすること、ゴミを減らすこと、繰り返し使うことが何より大事なのは百も承知で、それでもゴミになったとき、マジで大変だなーと思う。ま、大変だけど仕方ないけど。

で、本題はそこではない。

祖母の着物がけっこうあって、それを知り合いに譲るために出してみたり写真撮ったりしてた時に気づいたことが。着物を包んでいるのはおそらく和紙で、かつその和紙をまとめるために紐がついているんだけど、これもおそらく和紙をよって作った紐。だから全部燃える!

プラスチックがなかったにせよ、プラスチックが高価だったにせよ、いずれにせよ、やっぱり昔の考えが便利やったり、今よりも優れていることってやっぱりやっぱりあるよね。うん。素敵やね。

あ、私はプラスチックの素晴らしさも感じているから、プラスチックの実用化のために尽力してくださった科学者のみなさんや関わった方々には本当に感謝してます。これからもプラスチックは使い続けたいです。

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