トルクメン語学習のすゝめ・テュルク語で最初に学ぶべきはトルクメン語だ(?)
語学とは皆さん目的があって学ばれることが多いと思いますので、それを否定するような意図ではございません。今日は、テュルク語を広く見たときに全体を理解するためにトルクメン語を勉強すればこんなに良いことがあるよというお話です。
時々、「テュルク諸語は何語から始めればいいですか。」というご質問をいただきます。そういう時はだいたいトルコ語かウズベク語と適当に答えてきました。しかし、トルクメン語を語学として学び始めて早10年余り、実はトルクメン語から始めればすごくお得なのではないかと気づいてしまいました。それらの根拠を以下に挙げていきます(内容は割とガチです)。
1.祖先にあたる言語の母音の長短が分かるようになる
トルクメン語にはi, y, e, a, ü, u, ö, oの8つの単母音とi, y, ä, a, ü, u, ö, oの8つの長母音があります。(短母音のäもあるが外来語のみ)これら短母音と長母音の対立はテュルク祖語にもあったと推定されており、それが多く保存されている言語がトルクメン語とシベリアで話されているサハ語です。テュルク諸語の最初の辞書であるマフムット・カシュガルリの「テュルク語辞典」はアラビア語文字で書かれているため、長母音が表示されていることでも重要な文献の一つですが、この辞書の母音の長短とトルクメン語とサハ語の語彙の長母音が対応しています。
「名前」「歯」「娘」
トルクメン語 aat diiş gıız
サハ語 aat tiis qıız
カシュガルリ aat tiiş qıız
cf. トルコ語 at diş kız
(言語学大辞典第二巻p.943「チュルク諸語」より一部抜粋。トルコ語は対照のため追加しています。)
※表記には便宜的にトルコ語のアルファベット中心として使用しており、qを補足しています。長母音は母音を二回重ねることで表しています。
2.テュルク諸語の基本の母音体系が身に付く
これはトルクメン語だけの特徴とは言えないのですが、i, y, e, a, ü, u, ö, oの8つの単母音(または長母音)がどこで使われているのかがわかるようになれば、他のテュルク語を学ぶときにはすでにだいたいの母音が想像できることになります。
「4」 「3」
アゼルバイジャン語 dört üç
カザフ語 tört üş
キルギス語 tört üç
タタール語 dürt öç
トルコ語 dört üç
トルクメン語 dört üç
ウイグル語 töt üç
ウズベク語 tort uç
※Dictionary of the Turkic Languagesから引用。表記には便宜的にトルコ語のアルファベット中心として使用しています。それぞれの言語の正書法ではなく、対応する母音を用いています。
これを見るとウズベク語とタタール語の母音だけが違っていることが分かります。タタール語はまだ対応関係があり、i⇔e、u⇔o、ü⇔öとなることが分かっていますのでこれらをおさえればよいです。テュルク諸語で犬はit、肉はetのことが多いですが、タタール語では逆になるので、界隈では有名な笑い話です。ウズベク語の場合はなくなっている母音が多いのでちょっと厄介ですね(加えて母音調和もないときた)。
3.ŋとnの区別がある
これも最初は慣れないと苦しいものです。多くのテュルク諸語では使われていますが、トルコ語、アゼルバイジャン語ではn、チュヴァシュ語ではn、mになっています。私の場合トルコ語から入っているのでこのミスは未だに多くしてしまいます。
「後」
トルクメン語 soŋ
トルコ語 son
チュヴァシュ語 sem
(言語学大辞典第二巻p.945「チュルク諸語」より一部抜粋。トルクメン語は対照のため追加しています。)
※表記には便宜的にトルコ語のアルファベット中心として使用しています。
以上3点がトルクメン語を学ぶと同時に身に付きます。特に1ができる言語はトルクメン語とサハ語だけですので、お得感が満載です。この記事を見て頂いて少しでもトルクメン語の魅力が伝われば幸いです。正直に言うと、タイトルにあるように「最初に学ぶべきはトルクメン語だ」などとは微塵も思っていません。言語はその人に必要な時、好きなように学べば良いのです。
最後になりましたが、他の言語のネガティブキャンペーンをすることが目的ではありませんので、誤解されませんようお願いいたします。全てのテュルク語を愛してあげてください。
【参考文献】
OZTOPCU, Kurtulus, et al. (ed.) (2016) Dictionary of Turkic Languages. Routledge.
庄垣内正弘(1988)「チュルク諸語」亀井孝・河野六郎・千野栄一編『言語学大辞典(第2巻世界言語編 中)』829-833. 東京: 三省堂