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きらきら金曜日



「あっという間に週末が来るね。」


そう言ってベランダに向かった妻の背中に僕は気の無い相槌を打ち、皿の上のマドレーヌをつまんだ。チョコマドレーヌと名乗るわりには申し訳程度のチョコチップしか見当たらない。手早く洗濯物を取り込んだ妻は、組んだ両手を高く上げ、軽く背すじを伸ばしながら「キンタマキラキラ金曜日」とつぶやいた。


待て待て。アンニュイな顔して何てこと言うのさ。なんのつもりだ?


「キンタマキラキラ金曜日よ。知らんの?」


知らんし。


ネット上、と言うかツイッター上かな、ツイッタランドではそれなりに有名なフレーズらしい。僕は知らなかった。知らないことが恥ずかしいとも思えなかったが。


「あのね、私もうろおぼえなんやけど、どっかのアカウントが毎週必ず呟くんだって。キンタマキラキラ金曜日って。」


なんで?


「なんでだろ? そのアカウントは毎週金曜日にツイートを続けたんよ。毎週欠かさず何年も。」


なんで?


「なんでだろ? そのうち周りも反応しだして金曜日になるとキンタマキラキラ金曜日があふれるようになったんよ。そしてツイッターのトレンドに取り上げられるほどになったらしいよ。あ、ほら」


妻が渡してきたスマホにはキンタマキラキラ金曜日のまとめサイトが表示されていた。何ごともまとめる人がいるのだな。初出は2012年頃。2012年といえば奇しくもウチの長男が生まれた年だ。毎週つぶやくようになったのは2015年、その年我が家では奇しくも次男が生まれた。それから6年を費やした2021年現在、ツイッターのトレンドに上がるまでになった。奇しくもウチの長男は小3に、次男は年長さんに上がった。どこが "奇しくも" なんだか。


すごいな。ワードの特性上、教科書に載る可能性は低いけど、現代の寓話だよそれは。為せば成る的な、継続は力なり的な。


マドレーヌのくずを飛ばしながら興奮気味に話す僕を、妻は少し不思議そうに見つめ、やがてこう言った。「結構有名なフレーズだと思うんやけどね。あなたが知らんかったってのが意外。」


確かに意外。僕は SNS への常駐時間がそこそこ長い方だと思うし有名なインターネットミームはひと通り知っているつもりだった。しかしキンタマキラキラ金曜日は押さえてなかった。無知ゆえに生じた僕の興奮が妻には伝わらない。やがて、その話は尻すぼみで終わった。


『人は自分のタイムラインが世界のスタンダードだと思いがち』そんなお説教、何度も耳にして分かっていたつもりなのに、実際目の当たりにするとやはりどぎまぎしますね。

今までキンタマキラキラ金曜日の無い世界に生きてきた僕と、キンタマキラキラ金曜日が当たり前だった妻。本来、交わるはずが無かった世界線が容易に交錯するネットの世界では、互いの温度を尊重し、その温度差にネガティブな感情を持たぬよう気をつけなければいけない。


そんな気がした。
上手いことまとめようとして失敗してる気もした。









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