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骸骨探偵は死の理由を求む 第8話

「お別れは終わったか?」

 気がつくと、スマホをパーカーのポケットに入れながら骸骨がこちらへやってきた。

 私はこくんと頷くと、骸骨は少しだけ笑ったように見えた。

「ねぇ、さっきの女の人って……」

「同僚。美躯も俺と同じく冥土の渡し守をやってる」

「でも、見た目は人間だったよ? 途中で骸骨になったけど」

「ああ、勤務時間中は骸骨に変身することになってるからな」

「変身!? 何それ? 何でわざわざ?」

「冥土の渡守の見た目は、昔から骸骨って決まってるんだ。まぁ、制服みたいなもんだな」

 骸骨は面倒くさそうに、頭をカリカリと掻いた。

「へー、そうなんだ」

 あれ、ちょっと待って。

 そうなると、こいつにも人間の姿があるってこと?

 ちらりと横目で見たが、もう勤務時間外のはずの骸骨は、相変わらず骸骨のままだ。

 ――どんな姿なんだろう?

 ふとそんな興味が湧いた。

 イケメンなのか、はたまた地味キャラなのか。
 オッサンかもしれないし、意外と太ってたりして……。
 そんなコトを想像したら、つい吹き出してまった。

「なんだよ、急に」

 骸骨が訝しげにこちらを見ているのを、笑いを堪えながら「なんでもない!」と答えた。

 もしかしたら、ここに来て初めて笑ったかもしれない。

「そんなことより、お前の件なんだが」

 相変わらず笑いを堪えている私を無視して、骸骨が話し出す。

――私が死者になりきれない理由。

 さすがの私も笑うのを止めて、骸骨の方に向き直した。

「現世のお前は、現在意識不明だそうだ」

「えっ」

 一瞬言葉が詰まる。毒物食べて意識不明で頑張ってるってどれだけど根性なのよ、私!

「じゃあ、まだ死んでないの?」

「ああ、俗に言う“生死の境を彷徨っている”って状態だ。だから、舟で向こうには送れない」

 まだ死んでないんだ。

 少しだけホッとしたが、次の心配が頭を過る。

「私はどうなっちゃうの?」

「上の決定で、生死が分かるまでは冥土にいてもらうことになった」

「えっ、ここに!?」

「まぁ、生き返るのか死ぬのかは近いうちに決まるだろうから、そんなに長くはならないと思うぞ」

 骸骨の言葉に、すっと頭が冷えた。

 生き返るかもしれないとも思ったけど、逆に死ぬってこともあるんだ。

 今更ながら、怖くなってくる。

 それを察したのか、骸骨がぽんと頭を軽く叩く。

「大丈夫だ。そうなったら、俺がちゃんと送っていってやるよ」

 そういうことじゃないんだけど!?

 とツッコミたかったが、無神経そうな骸骨が気を遣ってくれたのは、ほんのちょっとだけ嬉しかった。

 ほんのちょっとだけね!

「さて、行くか」

「行くってどこへ?」

「渡し守の寮だよ。お前はこれから俺らの寮に住んでもらう」

「私が寮に?」

「ああ。ボロいが、家がないよりはマシだろ。ほら、こっちだ」

 骸骨は、こちらにくるりと背を向けてスタスタと歩き出す。

「ちょ、ちょっと足早いから!」

 私は慌てて骸骨を追いかけた。

 正直、まだ頭の理解は追いついてはいない。

 自分が死ぬという未来も想像できない。

 でも、うだうだ悩んでたってしょうがない。

 こうなったら、この冥土を思いっきり楽しんでやろうじゃないの!

 明日から、観光にでも行っちゃおうかな! 

 どこが観光地とか知らないけど!

 なんてワクワクしていると、

「あぁ、そうだ」

 骸骨が急に止まって首だけくるりと振り返る。

「ふぇっ!?」

 あまりにホラーすぎて変な声出た!

 少しは慣れたつもりだったが、やっぱりまだまだ心臓に悪い。

「お前、明日から仕事な」

 その一言だけ言って、くるりと前を向き、スタスタと歩き始めてしまった。

「えっ、仕事ってどういうことよ?」

 私は慌てて早足の骸骨の後に付いていく。

「冥土で暮らすなら、子供と老人以外は働くのが決まりだ」

「そんなー! 私はお客さんじゃないの?」

 小走りでようやく骸骨に追いついて横に並ぶ。

「舟に乗らないなら客じゃねぇ。“働かざる者食うべからず”だ」

 骸骨は少しだけ歩くスピードを下げて、こちらを向いた。

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は丨咼論《かろん》。お前は?」

「私は丨亜澄《あすみ》。丨伊藤亜澄《いとうあすみ》だよ」

「じゃあ、亜澄。明日からよろしくな」

 咼論は、さっきよりもスピードアップして歩き出し、あっという間に私を置いていなくなった。

 私を抜き去るほんの一瞬、フードの隙間からちらりと、イタズラっぽく笑っている口が見えたような気がした。

>>>第9話に続く


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