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骸骨探偵は死の理由を求む 第9話

 あれから2週間。

 現世の私はまだ頑張っているらしく、未だ冥土に留まっている。

 咼論の言っていたとおり、私はしっかりここで働かされていた。

 そうは言っても、私は人間の魂なので冥土の渡守はできない。

 じゃあ、何をしているのかと言うと……。

「俺は死んじゃあいないって言ってるだろうが!」

 美躯の船着き場で、サラリーマン風の男が暴れていた。

 ちなみに美躯とは、同じ寮の部屋に住むルームメイトになっている。

 最初はどうなるか心配だったけど、冥土とはいえ、そこは女子同士。

 オシャレに、スイーツに、恋バナ……。

 そんな話をしていたら、いつの間にか仲良くなっていた。 

「亜澄、ヘルプーーーーー!」

 私の仕事がきちゃったみたい。

 ちょっと行ってきますか。

「お客様、なにかお困りですか?」

 私は、ぺこりと軽く頭を下げた。

 男は私に少し驚いたようだったが、すぐにブスッとした顔をして早口でまくし立てた。

「この骸骨のコスプレをしたやつが、俺を死んだなんて言うんだ。
 こんな変な場所に連れて来られちまったし、早く帰って仕事しないと!」

 仕事と言う言葉を口にした途端、男は急にアワアワと慌て出した。

 よっぽど、仕事が詰まっていたのだろうか。魂だと言うのに、目の下のクマが異常に濃い。

「では、あなたの住所とお名前を聞きたいです。そうでないと、帰せませんし」

 私は慌てる男を尻目に、にっこりと冷静に言った。

「そ、そうなのか。えっと、名前は加藤雅彦。住所は、えっと、えっと……」

 記憶がたぐれないのか、男の顔はどんどん青くなっていった。

 そうなのよね。

 記憶が無いと、本当に不安になる。

 私もその気持ちがよく分かるから、さっきよりも落ち着いた声でゆっくりと話す。

「記憶が曖昧なんですね。じゃあ、1週間ぐらい前から、ゆっくり思い出してみましょうか」

 青白い顔の男は、先ほどとはうって変わって大人しく頷いた。

「申し遅れました。私はお客様のお手伝いをさせていただきます、“お客様案内係”の亜澄と言います」

 そう、私は以前の私のように死んだことが理解できない魂を案内する“お客様案内係”になったのだ。

 “お客様案内係”なんて大袈裟な名前が付いているが、あの日咼論が私にやってくれたように、曖昧になってしまっている記憶を呼び覚まして、死んだときのことを思い出してもらうのが仕事だ。

 大抵の魂は、記憶をたぐる間に自分が死んだことを思い出して死者となり、大人しく舟に乗ってくれるんだけど……。

「……背中に痛みが走ってそのまま倒れたんだ。それ以上記憶がない」

 ときどき、魂自身も何が起こったのか分からず、死んだことを自覚できないときがある。

「分かりました。では、詳しい担当を呼んできますね」

 自分の記憶の無さに絶望したリーマンをベンチに座らせて、私は隣の船着き場へと走って行った。

「“骸骨探偵”、出番だよ!」

「その呼び名は辞めろって言ったろ。俺は渡し守だ」

 咼論が面倒くさそうにフード越しに頭を掻いて、かしゅかしゅと小気味のいい音を立てる。

「どう考えても、もはや探偵でしょ。どんだけ、事件を解決してると思ってるのよ!」

 そうなのだ。

 この2週間、たくさんの死因の分からない魂たちがやってきたが、咼論は魂たちのあやふやな記憶を元に、たちどころに死因を見抜いてしまう。

 いつしか私は咼論を“骸骨探偵”と呼ぶようになった。

「別に俺は魂を舟に乗せられれば、それでいいんだがな」

 咼論がそう言うと、急に怪しげな笛の音が鳴り響いた。

 咼論のケータイの着信音だ。

 なんでも、冥土では有名なミュージシャンの新曲なんだとか。

 全く良さが分からないけど。

「咼論、ケータイ鳴ってるよ」

「分かってる。この電話出たら、あの客の話を聞く」 

「了解です、骸骨探偵殿!」

「おい、お前。いい加減にしろよ」

 咼論が私を睨み付け、ジリジリとこちらへ近づいてきた。

 ヤバッ!

 からかいすぎた!

 危うく捕まりそうなところで、タイミングよく別の渡し守の霊治《れいじ》が息を切らしてやってきた。

 霊治はもう仕事終わりの時間らしく、人間の見た目に戻っていた。

 ふわふわした金色の癖っ毛に大きな目は、長毛種の猫みたい。

 人間ならきっと私と同じか、年下じゃないかな。

 聞くところによると、一番新人の渡し守らしい。

「ごめん、亜澄! なんかおかしなお客さんがいるんだ。対応をしてくれない?」

「わ、わかった! すぐ行くね!」

 私は急いで、自分の船着き場に戻る霊治に後に続いた。

 まだ怒ってる……?

 少し離れたとこまできたところで振り向くと、電話に出ている咼論の姿が見えた。

 私の視線に気がついたのか、咼論がこっちを向いた。視線はかなり鋭い。

 やっぱりまだ怒ってるっぽい!

 私は不思議がる霊治の背中を押して、一目散にその場から逃げ出した。

******

「ああ、俺だ。亜澄の件なんだが、

――彼女の死には、まだ理由が隠されている」

>>>第10話に続く


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