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骸骨探偵は死の理由を求む 第10話 ~幕間1 報告~

――コンコン。

 扉からノックする音がして、宰相補佐の棄駆《すてく》は書類から目を離した。

 「入れ」と伝えると、すぐに部下の夜臼《やうす》が入ってきた。

 相変わらずキビキビとしたいい動きで机の前に立ち、キレのある敬礼した。

「報告します。

 例の生者ですが、今のところ特に変化はなく、相変わらず船着き場で業務をこなしているとのことです。

 こちらが本日の報告書になります」

 両手でビシッと差し出されたシワひとつない報告書を、棄駆は片手で嫌々受け取った。

「そうか。報告ご苦労だった」

「扉の前にいますので、何かございましたらいつでもお呼びください」

 夜臼は深々と一礼し、またキビキビとした動作で扉から出て行った。

「はぁ」

 先週から変わらない報告に、思わずため息を付き、受け取った報告書を机の上に軽く投げる。

 と、報告書が少しだけめくれて、血色の良い女子が緊張した面持ちをした写真が目に入った。

――伊藤亜澄《いとうあすみ》

 それが今三途の川の船着き場を騒がせている張本人だ。

 棄駆は諦めたように報告書を手にとって、深々と椅子に腰掛け、1週間前のことを思い出し始めた。

*****

――1週間前。

「あの子は、あそこで働かせることにしたから」

 冥王陛下は、臣下には目もくれず、お気に入りの女達に侍らせ、薄笑いを浮かべながらそう言い放った。

「陛下、本気でございますか?」

「ああ、僕は本気さ。その方が楽しそうだからね」

 陛下は、いたずらっ子の目で棄駆を見た。

 明らかに、こちらが困るのを楽しんでいるという風だ。

「しかし、生者が神聖なる魂送りの仕事を手伝うなどと……」

 棄駆の反論を待っていたかのように、陛下は大きめの声で棄駆の言葉を制した。

「おや、僕に指図するのかい、棄駆君。いや、“おこぼれ冥王候補”とでも言った方がいいかな?」

 クックックと、陛下は嫌みな顔をしてわざとらしく笑った。その姿を見て、周りの女達も陛下に合わせるようにクスクスと陰気な笑い声を漏らす。

「いえ。滅相もございません」

「なら、この話はこれで終りだね」

 陛下はシッシッと手を振って女達と戯れ始めたので、棄駆と臣下たちは王室を出て行くしかなかった。

「まったく、陛下ときたら」

「これだから“兄王”の代は……」

「早く“弟王”に代替わりしてもらいたいものだよ」

 執務室へ進む棄駆の後ろでは、臣下たちの愚痴が絶え間なく聞こえる。

 あの陛下では、この言われようも仕方が無い。

 だが……。

「お気持ちは分かりますが、それぐらいにしておくのが懸命です。この間の事件のように、どこで誰が聞いているか分かりませんからね」

 棄駆が釘を刺すと、臣下たちは「まさか」と青い顔をして辺りを見回した。

 人気がないことを確認してホッとしたのか「脅かさないでいただきたい」と苦笑したまま、蜘蛛の子を散らすように、己の仕事場へと退散していった。

「棄駆様、いかがいたしましょう」

 臣下がいなくなったところを見計らって、夜臼が小声で話しかける。

「陛下がああいうのであれば、そうするしかない。渡し守で仕事ができるよう手配しろ。寮も一緒にな」

「ですが、生者に仕事など」

「そこは渡し守側で適当に作れと、“あいつ”に伝えておいてくれ」

「承知しました」

*****

 今思い出しただけでも忌々しい。

 陛下の気まぐれのせいとはいえ、生者に神聖な魂送りの仕事を手伝わせるなど……。

――ガンッ!

 あの怒りを思い出し、力任せに読みかけの報告書を机に叩きつけた。

 その衝撃で机の隅に置いてあった、羽ペンが報告書の上へ転がってきた。

 ペン先の黒いインクが、じわりの亜澄の写真を黒く染める。

「罪深き生者を、冥土に留めておくわけにはいかない」

 棄駆は、汚れた報告書を手に取ると、乱暴に机の引き出しの中へと追いやった。

「夜臼」

「お呼びですか?」

 扉を開け、再び夜臼が顔を出す。

「伊藤亜澄への監視を強化しろ。もし何か問題を起こしたら、すぐさま捕縛しろ」

「承知致しました」

「あと、兄上の捜索も増員したい」

「朱炉《しゅろ》様のですか」

「ああ。“あいつ”は使い物にならないし、僕は冥王の器ではない。ゆくゆくは兄上が次代の冥王になってもらいたいからな」

「分かりました。捜索隊を新たにもう1部隊編成します」

「よろしく頼む」

 パタンと扉が閉まり、部屋は静寂に包まれた。

「僕が……頑張らないといけないんだ」

 棄駆はまた書類に目を戻し、部屋の灯りは深夜まで消えることはなかった。

>>>11話に続く


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