骸骨探偵は死の理由を求む 第14話 ~河原木の記憶2~
辺りが真っ赤に染まり始めたころ、ようやくN市の廃病院についた。
実は打ち合わせがてら、編集の何人かにこの廃病院のことを聞いてみた。
建てた土地が昔は処刑場で罪人の怨念が染みついているだの、ここで亡くなった母親が子供を連れて行こうとするだの、自殺した看護師の霊が夜な夜な徘徊するだの、よく聞くような噂話ばかりだったので期待はしていなかった。
でも、やっぱり実際に来てみて正解だった。
錆が浮いた鉄製のフェンスに囲まれた廃病院は、駅から少し外れた高台の上にひっそりとそびえ立っていた。
思っていたよりも大きな病院ではないが、夕日を背に影を落とすその廃れた姿は幽霊の出る廃屋としての貫禄は十分だ。
駅から少し離れた立地や周りを大きな木で囲まれていることもあるせいか、落書きなどで荒らされてはおらず、塗装が年月を経てボロボロに禿げているだけだった。
この見た目、この雰囲気……。オカルト好きのセンサーがここに幽霊がいることを告げていた。
……まぁ、まだ1度も見たことはないんだけど。
僕は建物の裏手側に回った。
持ってきたカメラで建物を撮影しながら一周したときに、フェンスの一部がめくれているのを発見したからだ。多分友達の友達とやらも、ここから肝試しに入ったのだろう。
念のため少し辺りをうかがったが、まったく人の気配はしない。夕日がべったりと一面を赤く塗りつぶし、生ぬるい風が周りの木々をざわざわと揺らしているだけだ。
――逢魔が時。
ふと脳裏にその言葉が浮かんだ。あの世とこの世が交差する時間。幽霊を見つけるには絶好の時間だ。
僕は大きく息を吸い込んで、早く鼓動する胸を押さえながらフェンスをくぐり、中へと入っていった。
「さて、建物はどこから入れるかな」
フェンスの外から見たとき、正面玄関にはベニヤが貼り付けられており、入れそうにはなかった。
窓には防犯用の分厚いガラスを使っているようで、一部ヒビが入っているようだが完全に割れているものはない。
「ダメ元で裏口に回ってみるか」
とりあえず、裏手の入口へとゆっくり進む。廃屋とはいえ、入っているのが見つかれば不法侵入だ。
僕は音に気をつけながらゆっくりと進んだ。
曇りガラスの貼られた小さな入口が見えてきた。
ここだな。
そっとドアノブに手を伸ばすと、抵抗なくスルリと回った。
「無用心すぎでしょ」
手に力を入れてゆっくりと押すと、ギィとさび付いた音とともに扉が開いた。
中に広がる無限の闇。
――いよいよ幽霊と対面できる。
僕の背中はぞわりとすると同時に、期待と不安で心臓が大きく鼓動する。
ショルダーバックの中から常備されている懐中電灯を取り出した。
「よし」
とスイッチを入れ、その光を頼りに病院内へと入った。
重い音を立てて扉が閉まると、外の音は遮断され、一瞬で静寂が訪れる。
廃病院のなかは、外よりもひんやりとしているのが、また不気味さを助長している。
幽霊が居る場所は、気温が下がるのが定説だ。否が応でも期待が高まる。
ライトで周りを照らすと、いきなり目の前の壁に笑顔のウサギの絵が出てきて、一瞬びくりとした。
明るいところで見れば可愛いのだろうが、こんな廃屋ではその愛くるしい黒目もまるで死んだ魚のような目に映る。
ここは診察室かなにかだろうか。まっすぐな廊下にところどころドアが見える。
「確か、幽霊の目撃場所はエントランスだったな」
このまま行けばエントランスに辿り着けそうだが、歩く度に崩れたタイルが不快な音をたて、時折足も取られる。
「足元に気をつけて行かないと」
ライトで足元を照らしながら慎重に進むと、やがて吹き抜けになった広場へと辿り着いた。
ここが目的地のエントランスだろう。高い天井を見上げると、あちこちが剥がれてしまっている。昔は豪華な天井画でもあったのだろうか。
相変わらず、床のタイルは崩れているうえ、あちこちに大きなセメントの塊も落ちていて、足元は最悪だ。
エントランスは正面玄関と繋がっており、裏側からベニヤ板で封鎖されている。
中央には受付カウンターがあり、上には文房具や茶色に変色した新聞などが散らばっていた。持ち上げて日付を見てみると、15年前になっている。
「15年も放置されたままか。そりゃ、こんなに風になるな」
受付の後ろには階段があり、柵付きの踊り場が左右へと伸びている。
まるで洋館みたいな作りだ。ここを登って2階の別の部屋へと繋がっているらしい。
僕が階段を上り始めると、ふいに小さな異音が聞こえた。不快な異音は少しずつ少しずつ大きくなっていった。その音はまるで羽虫が飛んでいるようなそんな……。
――来たか!
僕は首からかけていたカメラを握りしめる。が、まずは肉眼で確認してからだ。
耳に全神経を集中させる。
音は上から聞こえてきているようだ。
天井に顔を向けると、暗闇の中に白いものがぼんやりと見えた。
念願の幽霊だろうか。
僕は幽霊らしきものを凝視しながら、ゆっくりと階段を上り、踊り場へと進む。
白いものは上下左右にゆらゆらと揺れながら、その場に止まっている。不快な羽音も鳴りやまず、むしろ大きくなっているように聞こえた。
よく見てみたかったが、ライトを当てたら消えてしまうかもしれない。
そうだ。このカメラには暗視モードが搭載されている。それを使えば。
だが、緊張のせいかそれとも霊障か、汗と震えでカメラが上手く持てない。
ようやくカメラを掴み、ファインダーを覗こうとしたところ、羽音がぐんと音量を増した。
僕がカメラから目を上げると、宙に浮いた白いワンピース姿の黒髪の女が、僕の眼前にまで迫ってきていた。
次の瞬間、僕の体はぐらりと大きく傾いた。
その勢いで眼鏡が飛び、僕は激しく床に叩きつけられた。
激しい痛みと共に眩暈が巻き起こる。
何が起こったのか全く分からない。
すると、視界を奪われた目の端に白いかたまりが3つ、こちらへと近づいてきた。
そしてまるで儀式でもしているかのように一定間隔を取って、僕を囲んで立った。
強い痛みで意識が飛びそうななか、途切れ途切れの言葉が聞こえてきた。
「…し………死んだ…か…」
「……れい……………ころ…………し…」
「ま……く、………のろい………」
……どうやら、僕は幽霊の呪いで殺されたらしい。オカルト好きには本望かもしれないな。
僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。
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