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紛争の二重構造(山崎雅弘『[新版]中東戦争全史』)

「一般的に、戦争や紛争は「A国対B国」や「C民族対D民族」「E教徒対F教徒」など、特定の属性を持つ集団と集団の対立図式で理解されることが多い。 本書のテーマである中東戦争も、多くの場合「イスラエル対パレスチナ」や「ユダヤ人対アラブ人」「ユダヤ 教徒対イスラム教徒」といった対立の構図で説明されてきた。

次の図は戦争や紛争の対立構造を図式したものだが、上のシンプルな「A国対B国」の図式とは別に、双方の国内にいる「a集団」と「b集団」の間でも、意見の対立が存在する事実はあまり議論されない。一見敵対しているかのように見える「A国のb集団」と「B国のb集団」が、実は「対立関係の常態化・恒久化」によって共に利益を得るという、一般的な理解では見落とされがちな側面を、この図は示している。

実際の中東問題に置き換えて説明すると、「イスラエルのネタニヤフ政権(A国のb集団)」と「パレスチナのハマス(B国のb集団)」は 形式的には敵対しており、理念の面でも決して相容れないという意味では「 敵同士」に他ならないが、それと同時に「双方の対立関係」が常態化・恒久化することで、それぞれの国内での権力基盤をさらに盤石にできるという「利害の一致」が、いつしか生まれている。

彼らにとっては、相手側の「b集団」が自国を攻撃することは、自らの「強硬姿勢」を支持者にアピールする絶好のチャンスであり、政治的地位を強固にするための宣伝に利用できる「イベント(事件)」でもある。対立が続けば続くほど、自国内の「政敵」である宥和派の政治的発言力は低下し、強硬派の政治的発言力は増大する。

逆に、双方の「a集団」同士が国境を越えて連帯し、支持者を増やし、対立や衝突を引き起こすような暴力や挑発が途絶えれば、双方の「b集団」の政治的発言力は同時に低下してしまう。双方の「b集団」が平和を望んでいないとまでは言えないにせよ、交渉での譲歩を最低限に抑えて平和の到来を先送りにすることを厭わないという意味では、平和よりも対立や緊張の常態化・恒久化を優先順位の上位に置いている。」

「二つの国の国民が、互いに「相手国民は自国を嫌っている・憎んでいる」と思い込み、不安や猜疑心、被害者意識をかき立てられて、攻撃的言辞の応酬に加わるようになれば、やがて両国の関係は戦争や紛争の前段階へと移行する。憎悪や敵意によって始まる戦争や紛争は、勃発が秒読み段階に入ってからでは誰にも止めることができ ない。

誰がそのような行動を誘発しているのか。相手国との関係悪化で政治的利益を得るのは誰なのか。平和を望むなら、見かけ上の「A国対B国」という単純な対立の図式に隠された本当の「戦争や紛争を創り出す 図式」を見抜き、それを無効化しなくてはなら ない。』

山崎雅弘『[新版]中東戦争全史』(朝日文庫)

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